図書室から借りてきた本曰く、星は歌っているのだという。レーザーの光とプラズマの強い衝突による圧力で生じる音波がほにゃらら、而してうんちゃらかんちゃら。つまりその理屈の成るところを私は全く理解し得なかったのだが、馬鹿にされつつ本を渡したその先で、彼もまた愉快げに折り重なる頁をめくり始めた。
ふとした静かな時の訪れ。眠りに落ちる前、雑多な家具の溢れる自室の中、耳鳴りがつうんと刺さる寸前に彼の美しい指が紙に擦れて音を立てる。その隣で私はこの世界のことをわからないなりに、結末の一行を舌で繰り返しなぞった。
恒星はおそらく歌う。しかし音は真空である宇宙に伝播することはなく、誰もそれを聴くことはできない。それは星からしたらとてつもない、四千年どころか二十億光年は優に越す孤独かも知れない。その光はいつか未来へ届きはしても、彼等の営み自体は観測者の私達に伝わることはないのだ。とは言え、過去を取り戻せない私には夜空をこの目で見た記憶すらないのだが。
──訂正しよう。貧相な記憶野と罵られ、挙句に手刀を喰らって漸く気がつく私も私だ。彼との出会いの蒼穹に吹きこぼれた星々は確かに美しく、表の月の海以上に限りのない拡がりをこの身に感じた。
けれどあれは本物の星じゃない。その中心に君臨していた彼こそが億の星彩以上に煌々しく命を燃やし、私の咽喉もとに鮮やかな鋒を当てていた。かの少年王の騎士が太陽だとしても、彼もまた太陽に負けず苛烈な明星だろう。星詠みの彼女ならば、どの星に譬えるべきか教えてくれるのかも知れない。当のマスターである私には、そんな言葉すら贈る用意がない。
これからあなたはどうするんだろう。私は必ず表へ戻る。戻った先には死が待っていて、あなたは私の道往きの最後を見届けてはくれない。それは覆せない事実であり、死ぬのは当然怖いのだけど、今気懸かりなのはそこじゃないんだ。
あなたは月の裏側に留まる。それはつまり、永遠にも近い眠りへと再び落ちていくということだ。それは、寂しい。だって私がいなくなったら、あなたがここにいたということを誰が覚えていてくれるんだろう。
……なんて、出過ぎたことを申しました。ああ王よ、ご尊顔が近すぎます。お言葉が過ぎます、雑種めは吹けば飛ぶ命です、これでは表側に辿り着く前に死んでしまいます。……うん。そうだね、ただでさえ規格外な英霊のあなたがそんな切ない終わりを赦すはずがなかった。
しんとした静寂が再び窓の外の夜の帳と共に肌へと降りてくる。物言いたげな顔で再び本を手に取る彼を盗み見て、私が令呪を喪ったそもそもの理由を思い出す。
謳う声どころか光すら目に入れるのに私は命を賭さねばならなかった。見上げることにも許可が要る星なんて、この広い宇宙を見渡したところできっとあなたぐらいのものだろう。そんな理不尽極まりない輝きを、手放したくないと意地を張る傲慢さをどうか笑って見届けてほしい。あの宙の外に放り出されたら、もうその笑い声も邪悪な笑みも目にすることはできない。それでもあなたは鮮やかな金いろに生命をのせて謳っているのだと、それを最後の瞬間まで忘れたくない。
遠回しな気遣いを受け取り、背後の寝台に身を預けて目を瞑る。戦いはまだ終わらない。この眠りは死への誘いではなく生を繋ぐ夢への導きだ。夜闇に包まれた世界で星の物語が星自身に読み解かれていく音に鼓膜が揺れている。紙と指が擦れ合うたび、瞼の裏の星明かりがちかちかと瞬く。
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