
Fate/EXTRA
まだ生まれてから間もないメルトリリスとBBの話
ルルベ、フェッテ、アラベスク。クペにパッセ、グランジュテ。次々と適当に生成したエネミーの的を蹴り倒しながら、脚を曲げ体を旋回させ手を伸ばし、思うままわたしは踊る。どれも覚えたての技ばかり。けれど、すぐにだってものにしてみせる。レベルが上がれば上がるほど、どんな技も自由自在に踊れるようになるに決まっているから。ダンスという身体表現の極み、最も優雅な人間の所作が凝縮された芸術であるバレエを知ってからは、この役立たずの指の先にさえ、天女のヴェールがゆらめくような神秘性を感じる。感覚のない上半身はただ旋回に任せ、僅かに触覚をとらえる脚を頼りにわたしは先へ、先へ、先へ、先へ!
「はあ、――はあ、っ……」
ああだめ、またはしたなく興奮している。バレリーナたるもの、自らの踊りに昂揚しこそすれそれを面に出してはならない。全ての感情を完璧に制御してこそ、真のプリマドンナ。きっとドレインが足りなていないのだ。もっと周りから吸い上げなければ。私は、まだ私自身に満足できない。
「驚きました。あなた、愉しんでいるのですか?」
そうして前触れもなく空間転移してきた母――BBは、私のバレエを差し止める。……折角絶頂しそうな程高ぶっていたところだったのに、無粋にも程がある。
「……何か用? それは私のバレエを邪魔してまで済ます必要があって?」
「産みの親に対して何たる態度! そんな子に育てた覚えはありませんよーと言いたいところですが、実際育ててませんしね私」
やたらめったらべらべらと、無駄に肉のついた身体を象徴するかのようにおしゃべりな彼女を一瞥して私は彼女に具足を向け直す。もちろん、この脚を突き刺そうとしたところで彼女を傷つけることは今はできない。ただ、私自身の気分の問題だ。
「用? もちろん、メルトの成長の観察ですよ」
「ふん。どうせいつだって私達のことを盗み見している癖に」
「人聞きの悪い物言いをするんですから、もう。遠隔から監視するのとこうして直に会うのでは感じ方も違いますからね」
監視していることを否定はせずに、BBは手にしていた指示棒をちっちっと振り回す。
「そう、それにあなたの成長スピードに純粋に驚いたんです。元々完全流体であるあなたが肉体を持つことにこだわっているなんて――矛盾も甚だしい」
――BBは、私のバレエへの傾倒ぶりをそう解釈したらしい。
「……肉体を与えた張本人であるお母様に言われたくないのだけれど?」
そう言うと、彼女は赤い目を光らせながら温度のない表情でため息をついた。
「ま、それもそうですね。あなたは私自身に必要のない余分な贅肉なんですから」
「あら、あなたが私を贅肉呼ばわりだなんて笑いが止まらないわ。鏡を見直してから言った方がいいわよ」
お互いに刃物を向け合うように言葉を交わして、張り詰めた緊張の中私達は対峙する。母と娘、なんて言葉から連想されるあたたかい関係には程遠い。 確かに、彼女の言うことには一理ある。原始、わたしは海だった。水のひと雫から肉体が編まれ、メルトリリスという名を得ることとなった。感覚がほぼ機能していないわたしの体は、対象を傷つけることでしか自意識の存在を実感出来ない。不完全な肉体ね、と母は言った。けれど私はそれを否定した。……正しくは、否定するための理由を捜すことにした。そして辿り着いたのが舞踊、舞踏――クラシック・バレエ。人間の肉体の限界への挑戦だった。 私は、私の自己は矛盾している。BBという矛盾だらけの存在から生まれたのだから、当然かも知れない。
……だからといって、それで納得する私は私ではない。私は私の生まれた意味を知りたい。いいえ、生まれた意味を作りたい。BBのコピーではなく、私の、メルトリリスだけの目的を。
「私は――あのひとに出会うまでに、もっと完璧な私になってみせる。そのためになら表でのドレインも続ける。それだけよ」
「ま、いいでしょう。あなたが与えられた役割を逸脱しない限り、私もその自由性を認めます。……ただし、悪食は程々にしなさい」
そう言ってBBは空間から掻き消える。月の掘削作業に戻ったようだ。暫くはこちらに顔を出すこともないだろう。私はふん、と鼻を鳴らしてくるりと一ターン。そのまま軽くピルエットして、一度だけ見たあの子――あのひとの顔を思い出す。
「ああ、私の世界ができるのはいつかしら……」
その頃にはくるみ割り人形も白鳥の湖も、ジゼルだって踊れるようになっているだろう。そうして私達は出会い、溶けるように踊るのだ。ああ、でも――私のプリンシパルに相応しいのは、彼女ではなく彼女のナイトではないだろうか。鋼鉄を思わせる肉体に二振りの刃。御伽噺の中に出てくる正義の味方のような彼が物語の王子様を演じたら、きっと素敵なバレエになる筈だ。そんな夢想を懐きながら、私は月の表への扉を開いた。 たとえ私が月の癌より生まれ出でた怪物だとしても。誰に受け容れられることがなくとも。私はあくまで、私として生きることを追求するだけ。メルトリリスとして完成する為に――私は踊るのだ。
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