金いろの亜空間に身を落とすと一瞬の浮遊感。胃の浮くような心地がしたあと、目を開いた先には文字通り立ち竦むほどの財の山が待ち受けていた。身を起こすと雑種、と天から声が降ってくる。これは神からの啓示──ではなく、無論声はこの宝物庫の主のものである。見上げるとぽっかり不自然に開いた空の穴から、ギルガメッシュが普段通りのふてぶてしい顔で頬杖をついていた。
どうも、雑種は無事中におります。ひらひらと手を振って立ち上がり、折角だから何か気の利いた賛辞でも送ろうかと思った。何せここは彼自身の宝具、王の財宝の最深部(と言っても、ここがどういった構造かは入った今もよくわからない)なのだ。暇と退屈を持て余した王様の気まぐれとはいえ、彼が手の内を晒してくれている。今更な話でもあるが、マスターはサーヴァントの力を正しく理解しておくべきだ。と、頭ではわかっていた。わかっていたものの、いざ喉もとを通ってぽろっと口より出てたのは「片付ける気ないんだね」なんて一言だけだった。
「部屋掃除とは貴様ら権能なき雑種が自ら世界を知覚し掌握するための行為に過ぎん。我がこの世界を一掃せんと欲するとき、それは」
言い掛けに不敵に笑う王。その途端に周囲の宝物がぎらりと切れ味を見せつけるかのように煌めいた気がした。
「いい。物騒な話はやめよう」
「ん? なんだ。今日はやけに察しがいいな」
そりゃそうだ。たとえ刃が抜かれていないとはいえ、武器に囲まれていると嫌でも死のにおいに敏感になるしかない。もちろんさっきの妙な言い回しはただの冗談であり、今の彼がマスターである私に刃を向けるようなことはない。……多分。いやないと思うけど、彼の冗談は冗談に聴こえないことが多くて気を抜いていたらすぐに背後をとられるから、大体本気と受け取っておいた方がいいのだ。多分。
「……あれ、これがほんとのお宝ゾーン?」
やれやれ、と気を取り直して雪崩を起こさないよう歩き回っていると、厳めしい武具より数段華やかな装飾品や置物の数々がこれでもか! と私を別の意味で圧倒し始める。
「その辺りか。気分はどうだ? ハサンなりに楽しんでいるか?」
「ハサンだからものすごく高そうってことしかわかんないです」
またからかいの種が出来たとでも言うようにくつくつと笑いだす空を今は見上げないでおくが、こうなった王様は私の心中など顧みはしない。
「では、雀の涙ほどの女としての自我が目覚めたか?」
その諺どこで知ったんだ。とは思ったものの、あまりに一方的な王様のありがたい玉の音に滔々と流される気配を察知して手早く切り上げる。
「私がなんて答えるかわかって訊いてるでしょ」
「無論だ。貴様のような女には似合わぬ。全くもってな」
そう見下ろしているだけの黄金に睨みは利かせたものの、雑種の行動など想定内だと言わんばかりの涼やかすぎる返礼に舌を巻かされる。ていうか、そこまで全否定されると流石にちょっとこう、いち人間として悲しいんですけど。しかし実際のところ、全てはギルガメッシュの言う通りなのであった。私は紛れもなく女だが、確かに女としての価値だとか魅力だとか、そういうものにこだわる感情はよくわからない。そしてこの調子だと今後もわかる機会はやってきそうにない。何せこの私の運命共同体のサーヴァントは女という性を嫌悪、もしくは愛玩しかできないらしい。……まあ、そんな人が女である私をパートナーとして認めているというのも、随分とありえない話のようだが。
適当に財宝の散らばる中を掻き分けて金運ばかり上がりそうな王気を拝んでいると、ふと視界を翳めたのは大きな岩だった。
岩、いや、原石だ。見たことのないくらい大きな、私の手では持ち上げられそうもない石の塊の中に削り出されていない結晶が見える。
「これって」
これは、天上の青だ。
「我が蔵随一のラピスラズリよ」
先の揶揄いの色を残した声音が記憶の奔流を塞き止めていた堰を壊す。どこまでも拡がっていた蒼穹。それは表で確かに浮かんだ筈の海とは似て本質を異にする。その色と、目の前の宝石はそっくりだった。すぐにわかった。黄金の鎧に象嵌された碧はこの石だ。落ちてきた先で出会った星と空に、私は今も、いつまでも魅せられていた。
「その財が欲しいか。白野」
「ううん。いらない」
何度か瞬きをしたのち彼のいる天を仰ぎ見る。
「私はもっと綺麗なものを知ってる」
そのまま告げると、彼は少しだけ口をつぐんで珍しく眉根を下げた。
「たった1年生きただけの身で大口を叩く」
「その分鮮明だよ。この目に映したものは」
そのまま背伸びして両手を挙げると仕様のないやつめ、と彼の手が差し出される。差し入れられた腕よりゆるく伝わる体温がいつものことながらひどく愛しい。
「ならば努々忘れるな。貴様が手にした力の正体を」
もちろん、と引っ張り上げられた先、戻ってきた部屋の中で抱き止められた。そのぶん私も抱き締め返してみる。黄金。ルビー。その心臓を覆う瑠璃。私はゆるされている。私はこの人の懐に抱かれて息をする。
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