XOXO♥ドッペルゲンガー - 1/2


「上がったぞ」

 バスルームの戸を開けると同時に彼の明朗な声が部屋に響いて、私は重い瞼をこする。はあい、と返事をすると全裸のギルガメッシュがバスローブを着ながら出てくるが、見慣れているので特に声を上げることもない。そもそも普段は一緒にお風呂に入っているのだ。今日はたまたま、泊まることにした宿がバスタブの小さな部屋しか空いていなかったというだけ。彼が先に入ったのは、歩き通しで疲れた私が少しだけ仮眠を取りたかったから、それだけの理由である。

 月を飛び出して幾星霜。1500光年先の宇宙には私のちっぽけな想像力を遙かに超える世界が広がっていて、そのテクノロジー、価値観、生命体の多様性には毎度驚いてばかりの毎日だ。それは共に旅をする彼、ギルガメッシュにとっても――勿論、彼の視野の広さやら千里眼やらを加味した上でだが、同じことのようだ。それを実感する度に少しだけほっとする私がいる。
 私には――いや。私がムーンセルによって飛ばされた先にある世界での旅は、ギルガメッシュを飽きさせないでいられる程に価値がある。私自身に価値があるかどうかはまだわからない。きっとギルガメッシュに訊ねれば、散々大笑いされた後「その人生を以て貴様の価値を証せ」なんてことを言われるに決まっているのだ。……そう、だから私は彼に証明しなければならない。彼がここに来て、私と共に旅をしてよかったと思えるように生きなければならない。そして、その為にきちんと進歩し続けられているらしい。それは、とても嬉しいことだ。

「締まらぬ顔をしおって」
「え、そうかな」
「何ぞ期待でもしているような顔つきだ」

 そうして顎をくいと摘ままれて、彼にまじまじと顔を覗き込まれる。……既に見慣れたものだが、彼の造形はやはり常軌を逸した精巧さだ。鼻筋、二重の切れ込み、唇の形。黄金比が何対何だか私は知らないが、きっと全てが黄金比で整っているのだろう。金ぴかだけに。こんな人にいつも体をめちゃくちゃにされていると思うと、恥ずかしさより先に不思議さを覚えてしまう。平凡な自分とあまりにも違いすぎる存在だから。

「……む。つまらぬ顔に戻った」
「はあ。そうですか」
「我の造形美に酔って己の凡庸さを顧みたであろう」

 なんか微妙なところで千里眼を使ってくるのはやめてほしい。そう口に出したつもりはないが、「千里眼云々の問題ではない。貴様の表情の型が少なすぎるが故だ」と図星の答えが返ってくる。……わかりやすくてつまらなくてすみませんでしたね、ほんと。

「いい加減貴様のその顔も見飽きたぞ」
「……ん? うん、ごめんね?」

 彼が何を言いたいのかよくわからないまま適当に返事を寄越すと「そういうところだそういうところ」と突っ込まれるけれども、やっぱりよくわからない。

「貴様、少し我に慣れすぎではないか? 最近ではこうして我と顔を突き合わせても畏怖するどころか恥じらう様子すら見せぬ」

 ……何を言い出すかと思えばそんなことか。私はふーむ、と首を傾げながら何と返事したものか考える。いや、だって私とあなた、一体何年一緒にいると思います? 正確な年月は数えていない――というか、行く星々によって時間の流れ方が全く違う為数えることをやめた――が、地球時間ではもしかしたら何年も、それどころか十数年経っているかも知れない。彼のような存在を飽きただの何だの言える立場ではないが、人間にはどうしたって「慣れ」があるわけで。初めの数年は(死の予感も含め)鼓動の音がうるさくなったものの、今ではこの通りだ。喜びは薄まらなくても、恐怖や恥じらいといったどちらかというとネガティブな感情は想起し辛くなっている。それは私にとっては都合の良いことなのだが、ギルガメッシュにとっては悪いことなのだろうか。

「……うーん。つまり、マンネリしてるってこと?」
「思い至るのが遅い」
「そう言われても、ねえ。私の反応は私のものだから簡単には変えられないよ」
「む。……貴様、最近言い返すことを覚えおったが我はそのようなマスターに育てたつもりはないぞ」
「……ギルガメッシュが、私のお父さん……?」

 思わずギルガメッシュを「パパ」と呼ぶ自分を想像して、あまりのあり得なさに笑いが込み上げてくる。正直彼の豹柄スーツと私のセーラー服(未だに時々着ている)の組み合わせには常々犯罪臭を感じていたものの、呼び名まで「パパ」になったらいよいよ犯罪そのものだ。

「じゃ、そろそろ私もお風呂入ってくるね。パパ」
「………………」

 一頻り笑った後、私は着替えを持ってバスルームへ向かい、着ている服を脱ぎ捨てシャワーを浴びる。物言いたげなギルガメッシュに、特に新たな性癖に目覚めた様子はなかった。よいことだ。流石に本気で彼をパパなどと呼ぶ気にはなれない。もし私達が家族という繋がりだったなら、確かに兄というよりは父の方が近いだろうけれど。

 だけど私達の関係性に今更名前なんてつける方がおかしな気がする。そもそも父と娘だったなら、私達はこうしてセックスに耽ったりしない。湯船に浸かりつつ、もう少しだけ考えを巡らせてみる。まず、親友は論外。彼にとっての友とは彼の人しかいない。では恋人? それもそれで違う気がする。私と彼の繋がりを、恋と呼ぶことへの違和感を拭うことができない。……こうして、結局私達の関係性には名前がついていない。強いて言うならマスターとサーヴァント。あとはこちらの星で身分証登録した際に使ったパートナーとか、そのくらいのものだ。

 多分私達にとって名前はあまり意味を持たない。……いや、反対か。名前は背負う意味が強すぎるから、敢えてつけないくらいがちょうどいい。そんな関係が心地いい。その思いはきっと、ギルガメッシュの方も似たようなものだろう。

(……考え事してたらのぼせそうだな)

 気がつくと、いつもより温度を熱く設定した風呂に長く浸かっていた。電脳世界において風呂とは体の洗浄というより魂をリラックスさせる為に入るものだ。故に考え事をするには不向きの場所である。栓を抜きつつ体を拭き、ドライヤーを吹きかけてパジャマに着替えていると、戸の先でかすかにギルガメッシュではない人の声がぼそぼそと聞こえてくる。何だろう、テレビでも見ているのだろうか。

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