Life Fluorescence

 とある電脳都市の新聞曰く、死は青い光を放つのだという。線形動物のカルシウム信号に関連する生物学的経路がほにゃらら、而してうんちゃらかんちゃら。つまりその理屈の成るところをわたしは全く理解し得なかったのだが──読んで似たような感覚を懐いたむつかしい話を、以前月の裏側に在った頃、図書室から借りてきた本で読んだ。確か、星が歌っているという話だ。

 ちんぷんかんぷんのまま、激しく寄っていく私の眉根を馬鹿にしつつ、ギルガメッシュは私から新聞を取り上げ、黙って書かれている文字をゆっくりとなぞり始める。その視線をあとから追いかけるように、彼の背中に張り付きながら過去の記憶を懐古する。

 当時、星が歌っている理屈は結局よくわからなかった。今もう一度説明されたところできっとわからない。だけど、結論は覚えている。星の歌は真空の宇宙を伝播せず、誰にも届くことはない。その姿が当時月に封印されていたギルガメッシュのそれと重なった。

 同じように、死が青い光を放つ理屈もよくわからない。だけど、結びの言葉は私の心に刺さった。「いずれにしろ、われわれは最期のときに『光』を見るのかもしれない」──ああ。これが私の最期だと思ったことは何度かある。その度に私は必ず光を見た。だけどその色は青ではなく、星のように煌く黄金であり、ルビーのような鮮やかな赤だった。空っぽでしかなかった筈の私の光は、道標とは、彼そのものだった。

 もう長らく死の予感を味わっていない。彼と月を飛び出して幾星霜、私は彼の胸に抱かれて息をしてきた。もうどれくらいの年月が経ったのか思い出せない。けれども電脳体であれ、私が人間である以上はいつか必ず死に至る。その時、彼は変わらず傍らにいてくれるだろうか。私は光を見ることができるだろうか。

 新聞をソファに投げ、背中を覆っていた私へ振り返りながら彼は首を振る。……訂正が入る。この記事は正しい。命の光とは、まさしくラピスラズリの青を云うのだと。

 ラピスラズリの大塊は、以前彼の蔵に興味本位で入った時に見たことがある。星々の浮かぶ宙を思わせる美しい青だった。彼の鎧の文様もあの石によって象られている。ならば彼の言うことは正しいのだろう。……そう頷いてみせたのに、彼は少し不満そうな顔でこちらを見ている。私は何か間違った反応をしただろうか。

 それにしても、と彼は記事の作者に文句をつけ始める。彼はこの光の名──死の蛍光というネーミングセンスが納得いかないようだった。生物が死ぬときに発する光。故に死の蛍光。それでいいのではないだろうかと問うと、誠に遺憾であるといった様子でギルガメッシュは私を一瞥した。

「蟲はただ死ぬから光を放ったのではない。こやつは、生きたが故に光を見たのだ」

 彼のその言葉になるほどと合点がいく。……死ぬために光を放つ生き物なんて、きっといない。この線虫だけでなく、人間である私もそうだった。私の命。私が今ここに生きている証。ギルガメッシュが認めてくれた、私の人間としての魂。これが命の光なら、確かに死の蛍光なんて呼ばれるべきじゃない。

 ──ああ、もしかして。あなたは私のこの心を青だと、うつくしいラピスラズリと認めてくれているのか。

 そう気がついた途端、何だか胸の中が熱くなって仕方がない。ギルガメッシュと共に生きてゆくこの旅路は、彼の黄金色に満たされていると思っていたけれど。そこには私の命の青も確かに交わっている。少なくとも、彼は今までずっとそう感じてくれていた。これを私自身が尊ばずして誰が尊ぶというのだろう。

 ありがとう。それ以外の言葉が出ないまま、私は彼に巻き付けた腕に力を籠める。彼の胸に回った掌を、彼はただ優しくぬくめてくれる。私とはまるで違う苛烈な筈の彼の命の光は、今はただ静かに私を受け容れてくれていた。

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