アステロペの天球戯 - 2/2

「──先輩?」

 再び瞼を上げた先には、既に見慣れたいつもの光景。眦を下げた私の後輩が、ベッドに寝転んだ私の顔を軽く覗き込んでいる。彼女のその優しげな顔つきを見た瞬間、じわりと目に浮かぶものがあった。

「わ、先輩!? どうしたんですか? ええと、ちょっと待ってくださいね……バイタルは概ね正常ですけど、感情値が振り切れています。悪い夢でも見ましたか?」

 桜は慌てて私のバイタルチェックを行い、困った顔でこちらをじっと見つめた。もう私の健康を管理する必要はないというのに、癖なんですと言って彼女はよく私をスキャンしてくれる。桜の純粋な気遣いが嬉しくて目をこすりながら「ありがとう」と呟くけれど、それでも涙は暫く止まりそうにない。

「違うの。その反対」
「え?」
「すごく、優しい夢を見た」

 それだけで伝わるものがあったのか、桜は私の涙をそっと指で拭ってくれる。ギルガメッシュとは違う、白くて小さくて華奢で、同じくらいあたたかい桜の掌。

「──よかった。先輩は、悲しいからではなく嬉しいから泣いていたんですね。私ももっと人間の情緒を学ばなきゃいけないな」

 そう困った顔をしながら笑う桜に、私は堪らなくなって彼女を抱きしめた。「へ、あの、先輩!?」と、突然の私の行動に驚いたらしい桜の背中が跳ねるのを肩越しに感じてちょっとだけ笑う。

「桜も人間だよ」

 その言葉は、私の祈りでもあり彼からの餞だ。私は、私達は──地上に降りて、今を生きている二人。未来を夢を見るただの人間だ。桜の息を呑む音が聴こえて、一拍置いた後彼女は噛み締めるように頷く。

「……ええ。ありがとうございます。私……先輩と一緒に、もっと夢を見たいです」

 抱きしめているから桜の顔は見えないけれど、耳は真っ赤なぶん表情も想像に容易い。その素直な反応が愛しくて、抱きしめる力がより強くなる。

「私も。これからもよろしくね、桜」
「はい……!」

 彼女の涙の混じった声に耳を撫でられながら、私は部屋の窓より空を見上げる。朝の空には太陽と共に欠けた月が白く輝いていた。光に目を眇めながらも、私はあの月の裏側で変わらず夢を見ているであろう彼を思う。
 彼が夢を見ているなら、私はその夢になろう。欲した通りに息をして、共に生きたいと願った桜と笑おう。だからどうか、最後の瞬間まで見届けていてほしい。私達の軌跡を──私達が人間である証明を。

『我の視た未来は、貴様等自身の手で──』

 彼がくれた言葉を反芻しながら、私は桜から身を離して「起きよう」と目を拭う。既にお互い涙は止まっていた。頷く彼女と共にベッドから下りて、ひとつ伸びをする。

「今日も一日頑張りますか」
「はい!」

 桜の弾けるような微笑みに頬が綻ぶのを感じながら、私は彼女の掌を握りしめた。

 私と彼の物語はもうおしまい。だけど、私達の物語は始まったばかりだ。

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