──という、夢を見たのだ。
口を噤んだまま、思わず周囲を見渡すがNPCの少女以外今の図書室には人影が見当たらない。もちろん、自分のマスター──殺生院キアラの気配もない。手元の羽根ペンと若干引き攣れてしまった原稿用紙をはたいて、俺は眠気覚ましに頬を抓る。サーヴァントに睡眠は必要ない。……とはいえ、原稿執筆の集中力が切れた場合は気分転換が不可欠だ。ということでこうして図書室の机と椅子を借りて暫し眠ることにしたのであった。
そこで、夢を見た。正しくは記録だ。サーヴァントは夢を見ない。故に、今しがた見たものはパスで繋がったマスターの過去。語るにもおぞましい怒濤の人間遍歴である。まったく、気分転換どころの話ではない。
キアラを慕いながらも自らの願いを持てなかった少女。夫への愛を謡いながらも、己の欲に勝てずにキアラに墜ちた女。故人への愛と後悔を言い当てたキアラを聖人と仰ぎ成仏した老人。そして、自分のものになりはしないキアラに憧れながらも届かず、そのまま手にかけた男。……皆、殺生院キアラという女を自分の尺度で測り、己の作り出した最もうつくしい殺生院キアラを夢見ながら死んでいった。
愚かなものだ。……しかし、執筆の資料にはこれ以上とない夢であったのは確かだ。名前も知らない彼等への感謝もそこそこに、俺は新しい原稿用紙に彼等の記録を綴り始める。これもあの女を【女】として完成させる為に必要なピースと成り得るかも知れない。
そうして夢を書き起こしながら、俺はとあることに気がつく。少女も女も、老人も青年も、皆が皆己を語った。そこに殺生院キアラという女の意思は介在せず、ただ女という偶像が君臨するのみであった。だが──夢の中にひとつだけ。彼女自身が己を語った言葉が、存在しなかったか。
『──人魚は花嫁の夢を見る王子へ別れを告げ、海へと身を投げました。彼女の体はやがて泡沫と消えてゆきました』
「……はっ」
はは、ははは。壊れた目覚まし時計のようにけたたましく声を上げて俺は笑った。「な、何!?」慌ててこちらへ足を向けるNPCの少女に「いや、すまん。何でもない」と首を振りながらも、俺は笑いを堪え切れていなかった。──だって。これ以上におかしいことがあろうか。彼女が女に成ることによって失くした少女性とは、俺が書いた童話そのものであったのだから。
キアラはいつしか女という偶像になった。だが──それ以前。確かに、彼女は少女であったのだ。少女は心の拠り所として俺の書いた童話を選んだ。白いヴェールの寝所の中で、キアラは、ずっと夢を見ていた。俺の書いた物語に恋をしていたのだ。
そんな少女時代をおくびにも出さず──きっと、もう殆ど忘れてしまっているだろう──女として佇むキアラが俺を召喚したのは、一体どんな因果によるものか。だが、そこに運命があろうとなかろうと、俺は為さねばならぬ使命を得た。
「ならば、俺はお前の恋に応える他あるまいよ」
そう独り言ちて、俺は再び羽根ペンを取る。原稿用紙に染み渡るインクの書き味が心地よい。今なら、幾等でもあいつを描いてやれる気がした。
これより語るはとある女の物語。少女であったことを忘れ、ただ己が為に他を屠り喰らうことを決めた──淫らに現実を侵す、おぞましい愛の末路だ。
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