うたかたの永遠 - 1/3

 エリザベート=バートリーというサーヴァントは、実に複雑な女の子だ。

 いや、まずは可愛い、或いは美しい女の子と紹介するべきなのだろう。不思議という言葉は、彼女の輪郭を表現するには少し曖昧に過ぎる。
 燃えるような直毛の赤髪――と、ゆかしき文豪を気取ればそんな表現になるのだろう。しかし、現代日本の元高校生からするとビビッドピンクのツーサイドアップと言った方が彼女の姿をより正しく表せていると思う。吊り上がり気味のサファイアの瞳を縁取る睫毛は、エクステンションを付けたみたいに長く豊かだ。肌も自分とは違って白色人種だからそう思うのか、陶器のように滑らかで白い。筋の通った鼻に小さな唇、一つ一つのパーツを設計図と寸分違わず組み立てたような整った顔は、いわゆるドールフェイスという奴なんだろう。

 こうして彼女の美貌についてつぶさに観察してみると、なるほど確かに彼女は『アイドル』に相応しい。頭についた角、フリルスカートから垂れた尾を一種のコスチュームとすると、プロモーション撮影真っ最中の駆け出し地下アイドル――と言えば、案外通じてしまいそうな気がする。
 高貴なる竜の血を引くという彼女は、最先端のアイドルを自称して召喚に応じた。しかし、召喚サークルに浮かび上がった彼女の自己紹介に生まれた私の感想は、美しいでも可愛いでもなく複雑、という一言に尽きた。……いや、きっと本当は不可解ともいうべき感情に近かった。

 何故なら、私は既に【エリザベート=バートリー】を知っていたからだ。

「マスター! マスター!」

 私室の自動扉が開いたと同時に、室内にメロディアスにも思える愛らしい高い声がこだました。危うくインスタントコーヒーを袖に零すところだったけれど、何とかセーフ。自分の器用さを少しだけ褒めてやりながら、「なあに」とマグに口をつける。

「おはよう、エリザ。急にどうしたの」
「あ……そうね、おはよう。朝の挨拶を忘れていたわ。といってもギョーカイじゃいつでもおはようございます、だけれど」

 ふん、と鼻息を慣らして赤い爪で髪をかきやり、エリザベート=バートリーは走ってきて乱したらしいスカートの裾をさばくが、動揺しているのか肩が震えているのを隠しきれていない。……どうやら改まって何か物申すことがあるらしい。私は咽喉を火傷しない程度にコーヒーを呷り、マグをカウンターに置いて彼女に向き直る。話を聴くにも聴く体勢というものがあるだろうと思ったからだ。

「……えー、コホン。マスター、ちょっと確認するわ。アタシを今日霊基再臨するって……で、でじま?」
「え? うん、一応」
「ほ、本当の本当に?」
「そうだよ。まだブリーフィングしてないけど、多分反対意見はないと思うし」

 反射的に相槌を打つと、彼女は稲妻に打たれたようにぴしりと一瞬固まった。その後すぐに何度も事実を確かめたがる彼女だったが、私の返答は変わらない。だって、エリザベートに訊ねられたこと――彼女の霊基再臨は特に秘匿された事項でも何でもない、昨夜にダ・ヴィンチちゃん達と決めた本日の予定だったからだ。

『おや、いつの間にかこんなに素材が貯まっていたんだねえ』

 夕食後、用事でマシュとダ・ヴィンチちゃんの工房に寄ったついでに私は彼女(……彼、だろうか?)にサーヴァントの強化素材の在庫の確認を依頼した。

 サーヴァントの強化素材、というのは今までのレイシフト中の戦闘時に得たワイバーンの爪やら骸骨兵の紅い骨やら――そういった戦利品のことである。魔術的に様々な意味や効果を持つらしいけれど、私はマスターであって魔術師ではないのでその辺りについては詳しくない。知っているのは、そういった残骸がこのカルデアにて召喚されたサーヴァント達の持つ本来の力を引き出す為に使用できるということだけだ。

『本当だ……こう見ると結構壮観』
『これだけあれば誰かの霊基を再臨させることも可能じゃないかな? そうだな……、エリザベートなんかどうだい?』

 ダ・ヴィンチちゃんが見せてくれたカルデアのサーヴァントリストを眺めると、確かにエリザベートの再臨が可能である印が浮かび上がっている。

『エリザベートさんにはよく戦闘に出てもらっていますし、私は妥当だと思います』
『そうだね。じゃあ明日ブリーフィングでドクターに掛け合おう』

 眼鏡をかけ直しながら頷くマシュに私も首を縦に振る。彼女の再臨は順当に決まるだろう。そうなれば明日は更に強くなったエリザベートとシミュレーターで性能テストだなあ――そう、昨晩の私は特に気負うところもなく、呑気に今日の日を待ち構えていた。

 しかし、それを知ったエリザベートの見せた反応は思った以上に仰々しいものだった。

「ま……マスター……そ、そんなの……そんなのって……!」

 薄桃色の唇を戦慄かせたあと、エリザベートは再び踵を返して私の部屋を飛び出していく。ドアにリボン付きの尾がびたんとぶつかって「痛っ」と小さな悲鳴を上げるも、その後に響いたのは彼女がぱたぱた廊下を駆けていく足音だけ。

 ……何だったんだ、今の? 嵐程の被害すら出す暇もない速度で過ぎ去っていった風の余韻に私は文字通り目を点にしてしまう。
 そのうち目覚まし時計が枕元から響き始めた。再びマグを手に取りつつスヌーズを停止させ、これを飲み終わったら管制室に行かなきゃなあと私は既に閉まったドアの先を見つめる。
 エリザベートは複雑な女の子だ。何か、彼女にしかわからない思うところでもあるのだろう。取り敢えず、今の私はそう思うことにした。

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