朝のブリーフィングは恙なく終わった。ドクターに許可を取り、晴れてエリザベートは正式に再臨を行うことが決まった。――問題はそこからだ。エリザベート本人がどこにもいないのである。
いや、どこにもというのは少し言い過ぎだ。正確にはアナウンスを使用しエリザベートを呼び出したにも関わらずやって来る気配がない。直接自室まで呼びに行ったもののもぬけの殻。管制室から自室に行くまでにそこそこ距離が空いていた分多くのサーヴァントとすれ違ったけれど、その中にも彼女はいなかった。
カルデアという施設は広い。もちろん、私が見た範囲は限られているし、もっと捜索範囲を広げればいずれ見つかるだろう。――見つかるのだろう、けれど。
朝の彼女の取り乱した様子が今になって気にかかる。彼女の懸念とは、私が想定していたよりもずっと根が深いものではなかろうか。
「どうしたのかなあ。彼女の霊基の反応が消えたわけじゃないけれど」
「ははーん。そうか、わかったぞ」
クエスチョンマークを浮かべるドクターをよそに、ダ・ヴィンチちゃんは何かぴんと来た様子で人指し指を立てた。
「フライングで彼女に再臨の話を伝えたのは私なんだ。その時の反応と今の状況から導き出した憶測だけど」
ダ・ヴィンチちゃんのその言葉で、ようやく朝の出来事の発端を理解する。だからエリザは私の部屋にやって来たのか。……けれど、その事実を確かめた後部屋を飛び出していった理由までは相変わらずわからない。こうして、わざわざ捜さなければ居場所がわからないようなところへ隠れてしまった現状も。
「……それは君自身の目で確かめた方がいい。捜しておいで、待っているから」
訳知り顔の彼(女)の言葉に半分わかったようなそうでもないような顔で頷いて、私は管制室を出た。兎にも角にも、こういう時は情報収集だ。手あたり次第、エリザの行方を知っていそうな人達に声をかけてみることにした。
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「赤ランサー? 今日は見かけてはおらぬぞ」
真っ先に向かったボイストレーニング専用ルームに恐る恐る足を踏み入れると、そこにいたのは真紅の衣を纏った皇帝――ネロ・クラウディウスだけだった。
さっきの捜索範囲からは外れていたボイトレ専用ルームは、カルデアのメインエリア――管制室等が据えられた場所から少し離れた場所にある。エリザベートとネロの殺人的な歌唱を隔離する目的で、使用されていなかった部屋を防音仕様にして作り替えたものだ。
「そういえば先程アナウンスがあったな。あやつめ、マスターの命令を無視しているのか」
「まあ、そんな急を要する話じゃないから」
「ふむ。して、マスターは何を目的にあやつを呼び出したのだ?」
促され、事の経緯を話すとすぐにネロは眉を顰めた。「何か思い当たることでもあった?」と訊ねると、言い澱んだ後再び彼女は口を開く。
「近頃トレーニングの最中……あの者の歌に迷いを感じることが度々あってな。余の思い過ごしかも知れぬと思ったが、一度問い質してみた。しかし、本人は頭痛が治まらぬ故との一点張り。その後は声の張りも持ち直した故、それ以上訊ねることは止めにしたが……」
やはりもっと踏み込んでやるべきだったか、と悔やみ始めるネロに「そんなことないよ」と首を振る。振りながら、拳をきつく握りしめている自分がいた。
彼女の変化に、私は気が付いていなかった。私は、【エリザベート=バートリー】を既に知っている筈なのに。
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「ドラ馬鹿? 今日は見ていませんけれど」
休憩室に赴いたところ、たまたま隅で駄弁っていたらしい玉藻と清姫は二人揃って首を傾げた。
「……全く、この間のハロウィンといいまたますたぁに迷惑かけるつもりですか、あのエリマキトカゲ」
事情を知った途端口から焔を吐き出しそうになる清姫を、まあまあと宥める玉藻に目配せされる。彼女に習い、私も「迷惑してるわけじゃなくてね」とやんわり清姫の燃え上がりかけた火をおさめた。同じパーティーのメンバーに加えると、文字通りキャットファイトしがちな二人だ。状況的に仕方ないけれど、訊ねるのは玉藻だけに留めておくべきだったかも知れない。
「あの皇帝さまとボイトレ専用ルームにいるんじゃないですか?」
「さっき見てきたんだけど、いなかった」
「うーん、となるとあんまり思いつきませんねえ……ああそうだ、娯楽室はどうです?」
「ああ……あそこなら確かに」
何か思い当たるふしがあるらしい玉藻に、清姫も緩慢に同意を示す。娯楽室は、休憩室の隣だ。「行ってみるよ」と言う前に、何故彼女達がそこを薦めたのか気にかかった。
「ありがとね。でも何で娯楽室?」
「最近、ヴラド三世がこちらにいらっしゃったでしょう。あの方とチェスやらトランプやらを時折愉しんでいるみたいですから」
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「すまぬが、小娘の行方は知らぬ」
「さいですかあ……」
一人でチェスの盤面に向き合うヴラド公の答えを聴いて、流石に腰から力が抜けていく気がした。他に彼女の行動パターンを知っていそうなサーヴァントはもう思い当たらない。……いや、いるにはいるのだが。流石に彼女に訊ねるのは、命知らずと笑われる私ですら躊躇ってしまう。
「しかし。あの小娘のことであれば余ではなくもっと問うに相応しい女がいるであろう」
「――何か、仰って?」
ヴラド公がそう言った瞬間――近くのソファに腰かけ、静かに読書をしている彼女と目が合った。
ああ、やっぱり聴こえていたか。声のトーンは下げたつもりだったけれど、言われてしまっては後に引けない。あの琥珀色の瞳に射抜かれてしまったら、誤魔化しがきかなくなってしまう。観念して私は彼女――もう一人の【エリザベート=バートリー】であるカーミラに向き直った。
「……カーミラ、エリザの居場所知らない?」
「知る訳ないでしょう」
「そう、ですよね……」
即座の返答、もちろん中身は完全なる否定。あまり人気のない部屋の中に流れる微妙な居心地の悪さ。……だから、彼女には訊くべきではないと思っていたのだ。そもそも、カーミラは意図的にエリザベートを遠ざけている。以前、ちょっとしたトラブルを起こしているからだ。
エリザベートをここに召喚した時の話だ。私はエリザベート=バートリーという人物が二人――しかもこんなに異なった姿で召喚されたことに困惑しつつも、それを受け容れた。同時に嫌な胸騒ぎがしたのも事実だった。カーミラは以前、自分のことが大嫌いだと言っていたからだ。実際、その予感は的中した。あの二人が接触した時、エリザベートは突然激しい頭痛に見舞われ昏倒してしまったらしい。たまたま、私はその場に居合わせなかったのだけれど。
それからカーミラが自分から彼女に近づくところを、私は見たことがない。それとなくエリザベートとの関係について問うたことはあるけれど、うまく躱されてしまった。だから本当のことは未だに知らない。マスターだからといって知る権利があるかもよくわからない。そんな風に事を有耶無耶にしたまま、時間だけがこうして過ぎてしまった。
「契約者を困らせるのは貴様とて本意ではあるまい」
チェスの駒を進める手を止めないまま、ヴラド公はカーミラに釘を刺す。付き合いはまだ長くないけれど、公のカーミラに対する遠慮のなさ――それも、悪意故ではなく憐憫の入り混じったような――は本当にすごい。それは公の君主としての威厳や尊大さに由来するものでもあるので、私が気軽に取り入れられるものではないのだが。
私だって、何も知らなかったならきっと踏み込める。けれど、この件に関しては流石に気を揉んでしまう。……カーミラが私を特別大切に思ってくれていることを知っているから。私だって彼女を大切にしたい。【エリザベート=バートリー】という少女を、女性を、蔑ろにはしたくない。
「ああもう――わかってるわよ、わかっています。別にそんな顔をあなたにさせたいわけじゃないもの、私だって」
観念したようにカーミラは手元の本を閉じ、立ち上がって腕を組む。代わりに、視線は地面へと落ちたままだ。
「――あの子なら、きっと暗いところでマスターを待っているわ。電気の消えた誰もいない場所を探しなさい」
それだけ言って口を噤んでしまうカーミラに、私は手を伸ばす。
「……そっか。ありがとう」
垂れた前髪のせいで表情のわからない彼女の頬を、軽く撫でる。……彼女のその言葉で、言いたいことは十分伝わった。彼女が何か言葉にしてくれただけで、私は嬉しかった。
「……ふん。それでは余も知っていることを晒そうではないか」
「え、な、何かご存知だったんです?」
もう話すべき話はなくなっただろう、と思い込んでいた公から再び声がかかって驚いた。それじゃあ今のカーミラの言葉を引き出すためだけに、タメを作ったということ? ……そう口にしたら、目の前の泣きそうなおんなのこが本当に泣いてしまうだろうから、言わないでおく。公はようやく一人チェスの手を止めて、顎で少し離れた卓の方を指した。
「そこな緑衣の弓兵は、昨夜あの娘にチェスで敗かされている」
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