白野がデスクの上で力尽きたあと、ギルガメッシュは彼女をベッドまで抱えて中に放り込んだ。体力の限界だったらしい白野は瞼をうつらうつらさせ、そのまま事切れるように寝息を立て始める。
いかにも凡夫の面を晒して眠るものだ、と思わず独り言ちる。彼の見下ろす視線の先には、先ほどまでのしどけない様子など微塵も感じさせない健やかな寝顔があった。虚ろ──というにはいささか光に満ちすぎた、この先どんな紋様も自由に描き込める白紙の器。それはその身に異物を取り込み糧とする女寄りの性質を内包しているようにも見える。
しかし、あくまでこの少女にとって境界という概念は希薄だ。だからこそ自分という嵐に水のように溶け込めるのだろう、と波打つ少女の髪に指を絡めて息をつく。その息は呆れからか愉快さからか、彼にとってもどちらと判断はつけがたい。
女であり、女でしかない筈なのに女というには曖昧すぎるもの。それが岸波白野という少女の器と人格を持った嬰児だ。どこへも分類できない代わりにどこへも越境することができる存在。そしてその無垢でどこまでも清らかな心は、この空の器の中にたったひと雫だけ湧き出た、彼女自身の自己同一性にほかならない。その本質はこれまでも誰にも侵されはしなかったし──これからも、この自分が少々揺さぶったところで無様に堕落することはあり得ないだろう。
「我が事ながら、酔狂にも程がある」
そう呟いた彼の口元は緩んでいる。たった一人の無力な女の為に財の殆どを落とし、他に見定めるべき人間のいない星へと飛び出すなど、本来なら奇跡を幾度重ねたところでまったく有り得ない物語の筋書きだ。しかし、この少女が生きようと足掻く様は見苦しくも善きものだった。岸波白野の生命はこれまで見たどのような黄金よりも燦然と煌き、どのようなラピスラズリの碧よりもうつくしく燃えている。己が見るべきものは既に見たと瞼を閉じた空の中、微かに声を上げた六等星の燐光。容易く消し飛ばされる程に脆いそれは、彼の目ですら見通せない可能性を秘めていた。その灯火を自分以外の誰が護り、育ててやれるというのか。この少女の心が萎えぬうちは人間の生命の鼓動は続く、そんな夢想を不遜ながらも我に抱かせた人間を。
「ぎる……」
何やら寝言を口ずさむ白野を笑いながら、ギルガメッシュもまたベッドへと身を預けた。引き寄せた少女の体はか細くもあたたかい。その体温に溶け合いながら目を閉じる。今ひとときばかりは安らかに。再び目覚めたときには、如何にして愉しくこの少女と生きようか。
彼の瞼の裏にもまた、星空ははるかに拡がっていた。
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