うたかたスワンソング - 2/3

 衣装替えをして初めての戦闘シミュレーションは、パッションリップとアンデルセンという良いのか悪いのかわからない組み合わせだった。BBとは組ませるなとマスターに固く念を押した結果か、今まであの女とは一緒に戦闘に出たことはないのだけれど、その代わりがアンデルセンだとは思いもしなかった。……ま、もちろんリップと一緒なのはその分気が楽だったけれど。

「今日はお疲れ様、お嬢さん」

 慇懃無礼に声をかけてくるアンデルセンを見下ろして、嫌味の一つでもくれてやる。いつかの月で、彼とは出会ったことがあった。そこで彼に投げられた硝子の破片は、未だに胸に埋め込まれている。

(哀れな少女。酬われぬプリマドンナ。おまえの愛が果たされる日は――
「あなたにとって私は今でも『哀れな少女』かしら?」
「ははは、よく覚えているものだ。――だが、撤回はしない。お前の囁く恋とはそういうものだからな。それは今でも変わっていないのだろう?」
「……そうね。だから、私は誰にも恋しなければいい」

 ふん、と腕を組んでそっぽを向くとアンデルセンは「だが――」と何事か付け加えようとする。

――そう思えるようになった時点で。お前は、きっと呪いから解放されているぞ」
「え?」

 戸惑う私を尻目に彼はすたすたとシミュレーター室から出て行ってしまう。……何よ。何が言いたいのよ、あの作家様は。急に苛立ちが増す私に、後ろにいたパッションリップが声をかけてくる。

「メルト……あの、今日はお疲れ様。すっごく綺麗だった、その衣装」
「……そ、ありがと。あなたも似合ってるわよ、その服」

 パッションリップも私と一緒に霊基再臨を終え、衣装替えをしたばかりだった。白とピンクの甘いカラーを基調にしながらも、少し大人びた形のロングスカート。もうただの盲目な少女ではない彼女にぴったりな服だと思っていた。

「ありがとう。今日はメルトとパーティーが一緒で本当によかった」
「そうね。アンデルセンもついてきたのは想定外だったけれど。……本当に嫌味な男、何が言いたかったのかしら」
「ふふ。そっか、メルト……」
「え? リップまで何よ」

 妙に含んだ微笑みを浮かべているパッションリップを訝しむと、慌てた様子で「なな、何でもない……!」と、ふるふる首を振った。

「ふうん。ねえリップ」

 爪の上にちょこんと座った彼女の隣に私も腰を掛けてみる。ちょうど今は誰もシミュレーター室にはいない。彼女と内緒話をするにはもってこいの状況だった。「どうしたの?」と締まりのない表情を浮かべるこの妹を、昔は疎ましく思っていたのだっけ。過去を振り返り感傷に浸るようになるだなんて考えもしなかった。そんな余分は、昔の私には必要なかったのに。

「私、ずっと前からこの服を着たかった気がするの」

 けれど。そんな余白を持つようになった、きっとそれこそがこの花嫁の似姿、精霊ウィリのチュチュの理由。以前の私、月で生まれて月で消えた私ではきっと着ることができなかった。私にジゼルは踊れない。それを理解して、あの恋は終わったのだから。
 だから、彼には感謝している。たとえ恋はせずとも。これが終わってしまった御伽噺の蛇足で、うたかたの夢なのだとしても。この衣装を纏えた意味は、確かにあるのだと私は信じたい。この衣装で、彼が紡いでいる物語の先を見たい。あの眩い瞳が見つめる未来を、守りたい。

「言っておくけれど、マスターには内緒よ。これは、私達姉妹だけの秘密」

 一応そうして念を押しておくと、彼女はくすくすと笑って頷いた。

「ちゃんとわかってるよ。……ふふ、何だか……」

 言いかけた言葉を押し留めて、パッションリップはふと息を止める。微笑んだまま、今にも泣き出しそうなピンクサファイアの瞳を向けてすんとひとつ鼻を啜る。「……何だか?」と続きを促してやると、それだけで我慢できなくなったのか、片目から一粒雫が零れ落ちた。

「私達、人間の女の子みたいだね」

 パッションリップの唇が紡いだ言葉に思わず息を呑む。……そうしてすぐに、私は私にできる限りの優しい微笑みを浮かべて、彼女の頬に手を伸ばした。

――いいえ。私達は怪物よ。それだけは、どうあっても変わらない」
「うん。わかってる。でも……」

 ぽろぽろと零れ落ちる涙すら拭えない彼女の異形の掌。ハンカチ替わりにしてやっても、その身体のぬくもりを知ることのできない私の感覚のない掌。そして針のように床に伸びた具足。いずれにせよ、私達が人間になることはない。そんなある種の諦念を懐いて、私達はここにいる。

「マスターは、そんな怪物を怪物のまま、人間として愛してくれるんだね」

 だけど。パッションリップはそう言ってくしゃくしゃに笑った。その微笑みが少しだけ、マスターがあの時見せた笑顔に似ている気がして、私ははっと胸を突かれたような思いがする。
ああ――そうだ。私達は絶対に人間になれない。怪物そのものだ。けれど彼は奇特にも、そんな私達を「そのままでいい」と肯定してくれた。こんな自分を、親愛を籠めて「好きだ」と笑ってくれた。

「……不思議な人間もいたものね。同じようなタイプの人間に、私達は否定されたのに」
「うん。でも……あの人は私達を嫌って否定したんじゃない。だから、最後は心を暴かずにいてくれたんだよね……」

 肯定の代わりに、彼女に預けられた頭を抱きしめる。私が何も感じることができなくても。彼女が代わりに感じてくれるから、それでいい。――それでよかったのだ。

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