炎でしかなかった - 2/3

 私のこの戸惑いが解けようと解けまいとお構いなしに、最後の戦いの時はやってくる。

 乗り込んだ時間神殿のなか、斃しても斃しても次々と復活する魔神柱たち。カルデアの全戦力を以てしても決戦の行く末は絶望的に見えた。それでも自ら諦めてしまおう、と思う気持ちが湧かなかったのは、マスターが私にそう命令しなかったから。私は彼の武器だ。武器が自らその役割を放棄することはできない。私にも彼の槍としての矜持がある。それに――カルデアにて召喚されたわけではないサーヴァント達さえ、たった一度の出会いという細い糸をよすがに現れ戦っているのだ。そんな状況で立ち止まっているわけにはいかない。

 この場限りの顕現しか許されぬ彼等の命が散りゆく様を垣間見て、つい心のどこかで考えてしまう。そんなことを考えている余裕などもうありはしないのに。――この戦いが終わったら、私はどうするのだろう。これまではすぐにでも彼の下から消え去ろうと決めていた。私達は元々そういう契約を結んでいたし、何より私は彼を殺したくなかった。そう思いはすれど、彼がゆうべ口にした言葉が耳から離れない。この、壊れかけた私をも否定しない未来。……否。そんなものはありはしない。あり得ていい筈がない。それでは折角繋がった彼の未来が、息継ぎの暇もなく途絶えてしまうことになる。

「ブリュンヒルデ」

 名を呼ばれた途端、魔神柱の脚を切り落とす手はやめぬまま声のした方へと体を向ける。視線の先では、焦げ付いて硝煙を上げる柱を豪胆にも踏みつけて――銀髪の乙女が黒のマントを翻していた。

「あんたの槍、また大きくなってる」

 指摘されて漸く、携えた槍が常時の数倍大きく膨らんでいることに気が付いた。咄嗟に「ごめんなさい」と呟くも、大振りになった槍は萎まず大きくなったままだ。再生を始める魔神柱の腕を再び叩きながらも、狩りの最中の狼のように細めた彼女の眸は不満気にこちらを射抜いているので誤魔化すことなどできはしない。――性質を異にするとはいえ。彼女の眸に宿るのもまた、私と同じ炎であった。

「ったく、こんな時に考え事?」
「……」
「まあ、訊ねずとも何を考えていたかなんて一目でわかりますが」

 黒き乙女の名はジャンヌ・オルタ。フランス救国の聖処女、ジャンヌ・ダルクの霊基をもとに造られた夢の具現であり、私と同じくこのカルデアの戦力の一角を築く復讐者のサーヴァントだ。
 聖女の詰問にうまく答えられないまま柱を打ち払い、私は恐る恐る先まで懐いていた心を明かしてみる。きっと彼女にしてみれば一笑に付して忘れてしまえる程度の、他愛ない迷いを。

「ジャンヌ・オルタ。あなたは……この戦いが終わったら、何をしますか」
「は? あんた、それ完全に死亡フラグよ、死亡フラグ。この期に及んで縁起でもないことを言うのはやめなさい」
「フラグ……? あなたの持つ旗が、何か」
「妙な解釈すんなっつの」

 だが、案外聖女は私の懊悩を聞き流してくれる意思があるようだった。基本的に他人を寄せ付けない態度ばかり取る彼女だが、何だかんだと話しかけられたり手を伸べられる機会が多い気がする。どうしてなのかはわからないし、何故と訊ねたらそれきり縁を切られてしまいそうな、ごくか細い繋がりであることに変わりはないけれど。

「……で。何、戦いが終わったらって? あんたはどうすんのよ」
「私は……すぐにカルデアから退去する予定でした。私のような自爆装置がマスターの傍にいるのは、あまりに危険ですから」
「ふん、模範解答ね。……今はそうじゃないって?」
――ゆうべ彼に言われたんです。マスターを殺したい私を肯定したいと。そんな未来を共に見たかったと……」

 こちらを一瞥した後、彼女は足元の柱へ旗を振り上げて「あいつもバカなことを平気で言ってのけるわよね」と、ここにはいないマスターへと悪態をつく。……彼等はもうソロモンの本拠に辿り着けているのだろうか。

「では、あなたは……」
「私は残るに決まっています」

 心の端に引っかかったマスターと彼の後輩への憂いが、ぴしゃりと返答したジャンヌ・オルタの声に遮られて思わず目を瞠る。彼女の出した結論に驚いたわけではない。ただ純粋に、彼女が迷いなく返事をした時の背筋の張り方があまりに美しかったから息を止めてしまった。何も言えなくなっている私を見て我に返ったようにジャンヌ・オルタは目を伏せかける。けれど私の視線をただ受け流すのは癪だったらしい彼女は再び顔を上げ、蛇のようにこちらを睥睨した。結局すぐにそっぽを向かれてしまったのだけれど。

「正確に言えば、マスターの意向に従うということです。私はあいつを勝たせる為にここにいる。だからあいつがまだ戦えと言うなら戦うし、もういいと言うならおとなしく眠りにつくわ。ま、あんたの察する通りあいつの答えなんてほぼ決まってるようなもんだけど」

 黙って聖女の決意に耳を澄ませながら、彼と彼女の普段のやり取りを思い出す。私というどうにもならない女にすらまだ共にいたいと願うマスターだ。サーヴァント自身の意思を尊重した上で、彼女にも――というか他のサーヴァント全てに同様の思いを抱いているだろう。

「……でも、意地でも自分からは消えてやらない。あいつの召喚に応じたのはジャンヌ・オルタをこの世界に刻む為でもある。あいつの夢が醒めない限り、私の夢も終わらせやしない」

 そう独白するジャンヌ・オルタの声音は、あくまで平静だった。けれど、こちらからは影にあたってよく見えない彼女の両の黄金に浮かんでいたのはきっと、マスターの優しい笑顔の記憶だ。黒き聖女が掲げるは未だ憎悪と憤怒の御旗。けれどいま、煌々と燃え盛る彼女の炎を焚き付けているのは確かにマスターという一人の人間だ。彼女もマスターとの間に、私とはまた異なった縁を結び、うつくしい星の光を得ている。そんなジャンヌ・オルタの姿に――微かに私の愛するひとの面影を垣間見た気がした。

 「それに私、何をトチ狂ったか聖杯のリソースまで捧げられちゃったし? 急にいなくなったらマスターとの間に契約上の問題が発生しかねないし。ていうかあんただって聖杯貰ってるじゃない。それでいなくなるっていうの?」
「……ごめんなさい」
「そうやってすぐに謝る」

 この口癖のような謝罪を彼女は嫌うのに。ついこぼれてしまった失言を悔やみながら、彼女の尤もらしい反論にもうこれ以上は何も言えぬと私は口を噤む。確かに、私が聖杯を与えられたのはごく最近だ。聖杯の産み出すエネルギーと、私が働いた成果がまだ釣り合っていないのは事実だった。魔術の基本原理は等価交換である。無論彼との間に結んだ約定はあくまで人理修復の為に戦うという主旨であるため、彼女の言葉は屁理屈に近いのだが。

 そうして何とはなしに気まずい空気が漂っていたところに、急に耳をつんざく派手な騒音が私達の背を突いた。彼女と顔を見合わせて振り向いてみると、少し離れた場所で赤髪の少女――アイドルを名乗る竜の娘であり、私達と同じくカルデアの主力の一人であるエリザベート=バートリーが宝具を発動している様子が見える。しかし随分と苦戦しているのか、愛らしく豪勢な衣装は無惨にもところどころが破れ焦げ付いていた。はあ、と大袈裟なため息のあとにジャンヌ・オルタは顎でエリザベートのいる方を指し示し、「加勢してきます」と目配せした。

「ええ。この場はお任せください」

 彼女自身は否定したがっているが、ジャンヌ・オルタの戦闘スタイルや固有スキルは竜である彼女と相性がよい。彼女の選択は間違っていないと判断し、そう返すと「……その前にこれだけは言っておきます」とジャンヌ・オルタは私の方へわざわざ向き直り眉根を寄せる。一際鋭い眼光に射抜かれて、聴いているこちらの背まで自然と強張った。

「ブリュンヒルデ、あんたは狂ってるわ。愛した人間を殺さないではいられないなんて。しかも狂っていることを自覚している時点で、それは病とすら言えない。だってあんたの目は醒めているんだもの。
 ……でも、あんたが何より信じてる人間がそれを肯定するって言ってんでしょ。とんでもなくバカだと思うけど、ならあいつの語った夢の先まで信じてやれば」

 ――そう言い捨ててジャンヌ・オルタは踵を返し、再び旗を持ち直して前傾姿勢を取る。そのまま私が口を挟む間も無く、彼女はエリザベートの下へ跳躍した。
 その場に取り残された私は一瞬茫然と彼女の旗と黒衣が逆風で翻るのを見つめたあと、我に返って柱の仕掛けてきた攻撃を槍で受け止める。

「……本当に、愚直なひと」

 敵陣で忘我し武器としての機能が果たせなくなれば、いよいよ私がここにいる意味がなくなってしまう。今はただ己の持てる力の限り戦わねば。彼女の向かった先から視線を外し、私も槍を持ち替えて体勢を整える。それでも槍は大きく膨らんだまま、未だ元に戻らなかった。マスターに伝えられた優しすぎる願いだけでなく、先のジャンヌ・オルタの真摯な言葉までもが心に引っかかってどうしても離れない。

 ――彼の夢の先まで信じる、ということ。

 本当に、私にそんなことができるのだろうか。何度柱を斃しても、その答えは私の胸には浮かんでこなかった。

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