幕間 明日はあると信じていた - 1/2

 故郷は以前噂に聞いていた通り、光の射さない雨の世界だった。

 この暗闇の中で真っ黒なファーコートを羽織っていると、自分まで建物から落ちた影の一部になった気がしてくる。そう感じることはあながち間違っていないのだろう。あの星から逃げてきた以上、俺達は基本的に闇に紛れている必要がある。

「アンタ、随分と顔色が悪いな」

 メインストリートを外れた路地裏、自分と同じく後ろ暗い様子の者しかうろついていない暗がりで、一人の目つきの鋭い男が声をかけてきた。暗褐色の膚に紅い複雑な紋様の刺青を入れた、少年と言っても差し支えない程には幼げな顔の青年だ。ダッフルコートのポケットから怪しげな白い粉末をちらつかせる男に、俺は首を振って踵を返しかける。

「生まれつきだ」
「ヒヒ、無理すんなよ。手相は専門外だが、そんな爪見りゃ明らかヤバいってわかる。痛み止めになるぜ」
「……俺が探しているのは連れの薬だ。お前の売るようなアイスじゃない」
「そういう事情か。早く言えよ、ちゃんとした薬もある。というかそっちが本業だ」

 薄気味悪い笑みを浮かべながら食い下がる青年の様子は鬱陶しく感じられたが、どうもそいつは本当に「薬」の売人だったらしい。こちらへ来いと言わんばかりに手を振る男に、一瞬迷いながらも近寄ることを決める。時間がなかった。なるべく早い内にあいつを苦しみから解放してやらなければならない。男は風呂敷の上に並べた瓶詰の薬らしきものを俺に見せて、「何をお探しだ?」とその場に座り込んだ。

「痛み止めと咳止めを」
「お連れさんの状態はどんなもんだ?」
「かなり悪い。よく効くものを頼む」
「そんじゃ、これだ。人工蛇の鱗を元にして作ってる」

 懐から代金を取り出して男に支払う。金は少し前に俺達を殺そうとした男から奪ったので暫くの生活に困らない程にはある。

「おたく、無理はすんなよ。そんな命の燃やし方、普通のヒトなら選べない」

 去り際、文字通り後ろ髪を引っ張るような男のつぶやきについ足を止めてしまう。……妙に引っ掛かる物言いをする青年が、途端に不愉快な存在に思えてくる。

「……何が言いたい」
「おお怖い怖い。オレは見たままの感想を述べただけですよ?」

 にやにやと頬杖をつき、こちらを凝視する男を無視して再び歩き出す。こいつに構う暇はない。一刻も早くあいつのいる仮住まいへと戻り、薬を与えてやらなければ。

「足りなくなったらまた来いよ。それ、ここらで仕入れてるのはオレぐらいだからな」

 もうこの場所には近寄らないでおこう。そう思ったことを見透かしたように、男は懲りずにこちらへ声をかけてくる。

「そうそう、ついでに情報をお求めの場合もわたくしめをどうぞ御贔屓に。紙屑同然の風の噂からお宝レベルの耳寄り話まで、これ次第で幾らでも提供するぜ」

 そうして親指と人差し指でコインの形を作る青年は、あくまで気さくな体を装っている。「情報屋なのか、お前は」と思わず動きを止めると、食いついたなと言わんばかりに口元を歪めた。

「──何故俺に構う」

 懐に入れたナイフと銃へと手を滑らせながら男に問う。情報屋と名乗ったからには、こいつは俺達の脱走について何らかの情報を仕入れている可能性がある。──だが、今後の俺達に必要なのもまた、この男が持っているであろう情報だ。

「そりゃあおたくが金になりそうだからですよ。商売にそれ以上の理由ある?」

 今すぐ殺すべきか。それともこいつの提案に乗るか。俺の漏れ出た殺気に肩を竦めながらも、青年に動揺した様子はない。己の生死に執着がないのか、それ以上の動機が存在するのか。「……ま、あとはちょーっとした好奇心と露悪趣味だな」そう思った後すぐ、青年は世間話でもするような調子で背を屈めてみせる。

「──だってアンタ、綺麗な眼をしてる。虚ろの闇に一筋、光を見出しちまった眼」

 青年の血の色の双眸が、同じ色の俺の虹彩を射抜く。──そう宣う男の瞳の中には空虚な孔が空いているだけだった。

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