Ⅱ 被造物に魂はない - 1/4

 錆びかけのエレベーターを上った先から見える街並みは、煙る雨の中である故か、より一層何もかもが猥雑に見えた。

 しとしととささめくように地面を濡らす小雨ではなく、ざあざあと身体に吹き付けるように注ぐ土砂降り。私は蛍光オレンジのレインコート、ギルガメッシュは真っ黒の傘を手に、駐車場になっている屋上へ足を向ける。手前から二番目に停まった群青色のスピナー──この世界で言うところの空飛ぶ車だとデッカードは言った──に鍵を差し込んで、私達は中へと乗り込んだ。

「何か、意外とSFだね」

 そんな頭の悪い感想を思わず呟いた瞬間、ギルガメッシュから向けられた「今更何を言っているのか」と言いたげな胡乱な視線が痛い。……私の常識はどうやら間違っているらしい。だがリソースと技術次第で何でも作れてしまう電脳世界とは違い、ここは現実世界だ。私が現実世界と聴いて思い浮かべるテンプレートに添った世界では、車は空を飛ばないのである。

「その認識自体些か乱暴だがな。まあよい」
「ていうか、ギルって騎乗スキルないのに運転できるんだ」
「王が車くらい乗りこなせないでどうする」

 彼こそよくわからない理論を振り翳しているのではないかと思ったが、この程度のことをいちいち指摘しているとギルガメッシュ節がノンストップで展開されてしまうのでやめておいた。そういえば以前、空飛ぶ車を持っていたとか話してくれたことを思い出す。持っていた……ということは当然乗れるということか。ギルガメッシュって何でもできるんだなあ、と子どもっぽい所感が胸の内に湧き出でた。

 ギルガメッシュがエンジンを吹かすとスピナーは後部からガスを噴射しながらゆっくりと回転し、同時に上昇を始めた。そういえば「スピナー」という名前がついているのは上昇したり下降する時に必ず車体が回転するからかと気が付いた頃、車は空中での走行を始めていた。向かう先は無論都市警察特捜本部。──つまり、デッカードの居場所である。

 昨日、長い尋問と検査を終えた後、私達は結局デッカードの下で件のレプリカント脱走事件解決に協力することが決定した。彼の采配で私物──と言っても、ここに来る際人形師に『現実世界でもサーヴァントとしての能力を発揮したいときのために』と結晶化してもらった莫大なクオンタム・ピースだけだが、それも返してもらえた。加えて携帯端末も車も当面の住居も、何から何まで即座に与えられてしまい、正直戸惑った。一応任務に協力するとは言ったが、私達が不法入国者であったことに変わりはない。というか、そこまで自由を保障されてしまうと今度はこちらにも逃亡のチャンスが幾らでもありそうなものだけれど、と思ってしまったから。

『いけませんか? 僕なりの信用の証だったのですが』
『いや、いけないわけじゃないけど……』
『ご心配なく。支給したものには基本的にGPSを仕込んでいますから、何か不審な動きがあれば即座に対処させていただきますので。あ、流石に住居に監視カメラというのはプライベートを鑑みてやめておきましたけど』

 さらっと恐ろしい発言をしてデッカードはにこやかな笑顔を浮かべた。……本当にカメラがないか後で確認しておきたいところだ。だが私の心配をよそに、デッカードはさっとエメラルドの瞳を鋭く尖らせる。

『これでも僕は正道を往く者と自負しています。刑事ですしね。あなた達を騙そうとする意図は全くありません。……この事件をどうしても解決したいだけです』

 自分自身に言い聞かせるように彼は呟いて、革手袋をした拳をわずかに握りしめた。その姿は、確かに何か後ろ暗いものを含んでいるようには見えない。

 それに正直、彼の発言には私自身思うところがあった。脱走したという二体のレプリカント。彼等は私と同じように、自分自身を人間だと認識しながらもその自我を否定され、逃げることを決めたのだろうか。

 詳細は教えられていないのだから、ただの憶測でしかない。それに、デッカードに協力するということは彼等を発見次第『解任』することと同義だ。……だが。知ってしまった以上、見て見ぬふりを決め込もうとは思えなかった。

『この者の言葉に嘘はないぞ。……それで、貴様はどうする』

 それまで黙っていたギルガメッシュが唐突に口を開く。……彼が言うなら、本当なのだろう。それならもう迷う理由はない。

『──二言はないよ』

 ただそれだけ伝えると、ギルガメッシュは満足したように一つ頷き笑った。

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