案内された先の応接室──というか、最早大広間とも言うべきその空間は美しい朝日に染まっていた。
まず目を惹かれるのは、ホログラムに投影されている朝焼けに似た空の壁。太陽に似た恒星から降り注ぐ光の具合や風にたなびく雲の動きはひどく精巧だ。仰々しい大きな柱や、調度品や私達が座るために用意されているのであろうソファの豪勢さも相俟って、外の埃っぽく雨の降り続く世界とは全く異なる印象を私達に与えている。
「張り子の虎にしてはよくできている」
「タイレル社は、レプリカント製造以外にネットワーク事業も担っていますからね。既に失われた空の光を、こうしてヴァーチャル・リアリティによって再現しているのです」
ギルガメッシュの所感に対するデッカードの発言がふと気になった。失われた──ということはこうした朝日をこの世界で拝むことはできないのだろうか。そんな私の疑問は即座に察知されたらしく、彼は丁寧に説明を始めた。
「度重なる核戦争によって、この星の環境破壊は来るところまで来てしまいました。僕が物心ついた頃から既に地上に光は差さず、外では毎日酸性雨が降り続く有様です。政府はこの状況を打破する為に宇宙開発計画を策定しました」
それは──文字通り何と暗い時代だろう。昨日も今日も降り止む気配のない雨にそんな背景があったとは。たとえよくできた作り物とはいえ、月の聖杯戦争で真昼の太陽を知っている身としてはそんな率直な感想を抱いてしまったけれど、デッカードの口ぶりに感傷的な響きはない。
「宇宙開発……それって確か」
レプリカントの用途の一つだったような。彼の教えてくれた政府の計画とやらと、昨日のレプリカントの説明が交錯する。「ええ」とデッカードは頷き、再び口を開く。
「レプリカント開発の背景には、政府による宇宙開発の推進があります。計画は未だ発展途上と言わざるを得ませんけれど──それもレプリカントが登用されることにより、随分と状況が変わりました。
この惑星は既に限界だ。そう遠くない日に僕達『人類』はこの星を棄てることになるでしょう」
相変わらずにこやかに、しかし淡々と語るデッカードを後目に、もう二度と帰ることのできないだろう遠き母星を思う。といっても私は伝え聞いたことしか知らないが──海を失くした地球は、西欧財閥の支配下で停滞するばかりだという。唯一、電脳空間というフロンティアの開拓が人類に残された新たなる選択肢だった。
「──やはりな」
ギルガメッシュは全てに合点がいったとばかりに呟き、大袈裟に脚を組み直した。
「つまるところ、我等地球に生まれた人類は肉体に囚われぬ開拓を月に求めた。しかし、貴様らはその肉体を棄てぬまま先へ進むことを決断した。霊子虚構世界が惑星レベルで敷かれておらぬというのもそれ故か」
「概ねその通りだ」
突然、この空間にいる三人の誰でもない声がギルガメッシュに同意を返した。即座にデッカードが立ち上がって踵を返し、私達もまた彼の身体の向いた方へ視線をスライドさせる。──そこには、またもや見覚えのある──いや、「身に覚えのありすぎる誰か」が立っていた。
「な──」
そこにいたのは、トワイス・H・ピースマン。デッカードのように他人の空似というレベルではない。黒髪に黒縁の眼鏡、そして縦縞のスーツの上に白衣を羽織った彼そのものだった。
「どうして、あなたが……」
「……何故あなたがこんな無害そうな少年に?」
しかし、すぐにその疑問はデッカードの一言で有耶無耶になる。見上げると、ギルガメッシュに相対しても余裕の面を崩すことのなかった彼が随分とこの状況を訝しんでいる。──いや、それ以前に。彼は目の前のトワイスらしき人物を「無害そうな少年」と形容した。彼の見た目は確かに攻撃的ではない。だがそれ以前に、二十代後半から三十代前半くらいの外見のトワイスを「少年」と呼ぶには無理がある。この齟齬は一体どういうことだろう。
「ちょっとした遊び心のあるホログラムだよ。私の外見は君達の潜在意識下に在る【天敵】を反映するよう加工してある。開発中の新商品だ」
そうしてにこりと微笑むトワイス……じゃない、トワイスの皮を被った誰かは確かにトワイス本人らしくはない。私にとっての天敵は彼だったのかと妙な感心を覚えているうちに、「随分と悪趣味よな。せめて愛くるしい金髪碧眼の少女にでも姿を変えよ」とギルガメッシュは鼻で笑う。
「ちなみに我に天敵はおらぬ故ただの老年の男が見えているぞ」
……それは本当なのだろうか、と裸の王様の物語をついつい思い出す。だが、英雄の持つ宝具の原典を蔵に収めているギルガメッシュだ。確かに天敵など存在し得ないのかも知れない。
「へえ……何だか見覚えがあるような」
少し考え込む様子を見せた後、「いえ。それより社長」とデッカードは顔を上げて普段のにこやかな微笑みを取り戻す。──あ、なるほど。彼がこの面会相手であるタイレル社の社長だったのか。他の二人より数テンポ遅く事を理解した先で、社長はこちらへ近づきテーブルを挟んで向かい側へと座った。
「早速ですが、本題へと入りましょう。レプリカント脱走事件について」
「ああ。私の技術の限界が彼等の欠陥を招き、こうして事件へと発展させてしまった。一研究者として至らなさを恥じているところだ」
社長──相変わらず見た目はトワイスなので、何となく落ち着かないが──はそう言って本当に残念そうに肩を落とす。
「あなた自身が研究者、なの?」
「ああ、一応遺伝子工学の権威なんて呼ばれているね。確かにこの道に最も秀でた者だという自負はある」
つい出てしまった初歩的な質問を拾って彼は頷いた。物腰は柔らかだが、その態度は揺るぎない自信に担保されたものなのだろう。どことなくデッカードみたいだな、と思った後、この世界の人間はこんなタイプの人だらけなのだろうかと妙に落ち着かなくなってしまう。
「今回の主犯はネクサス6型だったね。彼等は製造の時点で遺伝子を組み替えることによって抜群の身体能力を誇る。労働力、兵力として用いることに特化したレプリカントだ。ただし短所も目立つ。寿命が四年程度であるということだ。まあ、これは一長一短というか──今の技術では、この寿命で然るべきだと私は思っているのだがね」
そうして社長は、昨日のデッカードとの面会中にも話題に上ったネクサス6型について説明を始めた。
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