窓越しに雨の降り続く音が耳を撫でている。
風呂場のシャワーのような、というと勢いが強すぎるような気もするけれど。傘を差さずに降られれば、ものの数秒で濡れ鼠になること請け合いの雨だった。もっとも、私達がいるのは建物の中なのでそんな空想はあまり意味を為さない。ついそんな考えが浮かんだのは、この施設に満ちた空気が少しばかり埃っぽくて、水でも撒けばましになるのではないかと思ったからだ。
蛍光灯のライティングの角度に当てられてちらちらと埃が舞っている様子。鼻から息を吸い込んで感じるほんの僅かな息苦しさ。今まで感じられなかった微量の違和感が、ここが霊子虚構世界とは似ているようで違っている世界であることを物語っている。あの人形師の腕前故か、自分の肉体には少しもおかしなところは感じられない。だからこそ置かれた世界の少しの差異に敏感になっているのかも知れない。
終始無言のまま、私達は看守らしき人物に連行されていく。聞いてはいたが、彼等はやはり私達と特に外見は変わらない。私達と同程度の知性と文明を持った生命体。あの人形師の説明においても「人間」と翻訳されていた。歩んできた歴史は違えど、彼等もまた自分達と同じ生命と考えていいのだろう。だからこそ余計にこの時間が重苦しい。
ぎぎ、と看守によって堅牢なドアが開かれる。その先に待っていたのは、先に尋問を受けていたのとそう変わらない殺風景な取調室。そして机を挟んだ向こう側に立っていたのは──妙に見覚えのある金髪の青年だった。
「はじめまして。お待ちしていました」
前下がりに切り揃えられた髪は整髪剤で片側にきっちりと流されている。着込んだダークグレーのスーツの上質そうな生地から、彼の社会的地位の高さが窺い知れた。端麗な鼻筋や目元の彫りの深さを見るに、自分より五歳は上だろうと見込む。もっとも、自覚している年齢が曖昧な私がそんな比較をすることに意味などないのだろうけれど。
とん、と鈍く腕を肘で小突かれる。……隣の彼──ギルガメッシュに心中を見透かされたしるしだ。思わず顔を見上げてみるが、彼は機嫌の悪さを隠さないままルビーの瞳を光らせて青年だけを見据えている。相変わらずか、とついついため息を吐いた。こうなった原因の殆どはあなたにあるんだっていうのに。
「それでは【VKテスト】を始めましょう」
青年はそう言って、机に置かれていた何やら特殊な形の精密機器を起動させる。用途はよくわからないが、とにかくこちらを観察するためにその機器が必要なのだろう。用意されていた椅子に座ると、唐突な眠気に襲われて困る。……これではいけない。このテストとやらは今までの面倒な尋問以上に気合いを入れて臨まないと、目の前の青年のオーラに呑まれてしまう。そうなってしまえば最期、例のトイチシステムなんて目じゃないくらいの大変な要求が待っているのではなかろうか。そう思うのは、彼の見た目のせいだけではない。現在私達が置かれた状況を分析した結果である。
──私達が今如何に絶体絶命な状況であるのか──事の始まりは、ほんの一週間程前に遡る。
聖杯戦争の後、ムーンセルを飛び出しはるばる一五〇〇光年先の星の彼方までやってきたギルガメッシュと私であったが、当然この未知の世界で生きる為には元手が必要だった。
確かにここは電脳世界、極論食事等は必要ないのでただ息をしているだけなら資金は大して必要ではない。だが、そんなジリ貧生活に満足する王様、もといギルガメッシュでは勿論なかった。私も豪遊を望んでいるわけではないけれど、最低限衣食住の足る生活はしたい。何せ私は「生きる愉しみを見出せ」と、はるばるこんな彼方の宇宙まで連れ出されたのだから。
「賭場へ行くぞ」と連れられて行った先で、持ち前の千里眼と黄金律を活かしてみるみるうちに勝ちを積み上げる彼を傍らで眺めているのはまあ、正直楽しかった。彼には楽しげな表情よりも呆れ顔ばかり見せていた気がするけれど。
そこで得た通貨で、私達は今まで不自由なく──と言うと、ギルガメッシュに振り回される私の消費エネルギーまでなかったことにされてしまいそうだが──何だかんだ、愉快で波乱万丈な旅を続けていた。
しかし。ついこの間、新しく降り立った霊子虚構世界のカジノにて、私達はちょっと、いや今思えばひどい事件をやらかした。──端的に言えば、儲けすぎてしまったのである。
『まあ、王様の黄金律はそういうスキルだから仕方ないよね』
なーんて頷いていたあの時の私も、今思えば相当天秤が狂っていた。お金というお金がギルガメッシュの下に集まり、野次馬で囲まれて外が全く見えなくなったくらいである。
『当然であろうふははは我の黄金律にかなうものなど星の彼方にもいる筈がないふはははは!』
なーんて高笑いしていたギルガメッシュと熱に浮かされていた私の下に突然やってきたのは、カジノの元締めと警察だった。あまりに悪目立ちした稼ぎぶりから、何と私達は詐欺グループと疑われてしまったのだ。
『雑種ごときがこの我の権能を愚弄するか!』
なーんて怒り始めるギルガメッシュを諫めてももう遅かった。売り言葉に買い言葉、すったもんだの末に私達は見事そのネットワーク内のお尋ね者となってしまった。
とはいえ、私達が警察相手に事を穏便に済ませるなんてできる筈がない。かたや大したハック技術もない新米ウィザード、かたや隠密行動などするわけのない、というかできるわけのない王様。もうこのネットワークに私達の居場所はない。けれど、他の惑星のネットワークにハッキングするのも警察の監視の下では難しい。頭を抱えていた(のは私だけだったが)私達の前に現れたのは、紅い髪に眼鏡をかけた人形師と名乗る人型の女性だった。
『それなら【リアルワールド】に逃げなさい。私が手を貸してあげる』
『リアルワールド……?』
彼女が語ったところによると、そのリアルワールドと呼ばれる世界は人型の生命体を主体とし構成されるが、旧型のネットワークしか敷かれていない。警備も手薄のため他の惑星のネットワークを経由するには最適だという。
ただし、リアルワールドという俗称が付いているだけあって、そこの生命体の主な活動拠点は電脳世界ではなく紛れもない現実世界だ。魂のデータをインストールする肉体が必要らしく、ギルガメッシュのサーヴァントとしての能力も制限されてしまうらしい。
……それでも、今の私達には隠れる場所が必要だった。これからも旅を続けていくために。私はギルガメッシュ曰く、人間として生きる愉しみを見出さなければならない。いや、見出していいのだと彼は私の生命を肯定してくれた。だから──私も彼の思いに応え続けたい。彼と共に、人間として生きていく愉しみをもっと感じたい。その為には身に覚えのない罪で牢獄に囚われている時間なんてないのだから。
そうして、私達は稼いだ財の一部と引き換えに、彼女の用意した素体に魂をインストールし、とある施設で再び目覚めた。ギルガメッシュにとっては二度目の、そして私にとっては初めての肉体だ。
だが、その先で待ち受けていたものがその世界の警察の、施設へのガサ入れだなんて──私達は夢にも思わなかったのだ。
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