Ⅰ ダイスロールは甘くない - 2/3

「検査は以上となります。お疲れさまでした」

 はっと我に返った時、既に検査は終了していた。青年が機器の電源を落としているのをぼうっと見つめながら、私は両の掌を握ったり開いたりしてみる。……眠っていたわけでは、ないと思う。何かを尋ねられて、何かを答えたような気もする。だが、具体的にどんな尋問だったかがいまひとつ思い出せない。戸惑いながら隣の彼を再び見上げると、彼もまた胡乱な顔でこちらへ視線を向ける。……やっぱり私は気が付かないうちに居眠りしていたのだろうか。自覚はないのだが。

「それで? 貴様は満足したか」

 ふてぶてしく頬杖をつき悪態をつくギルガメッシュを気にした素振りもなく、「ええ、とても」とにこやかに返す彼はやはり、自分の見知ったあの少年によく似ていた。もちろん他人の空似であることはわかっているのだけれど。もしも彼が自分に斃されず、地球に戻って成長したならばこんな姿だっただろうかと、仕様のない感慨を抱いてしまっただけで。

「……ふむ。思った以上の時間がかかってしまいましたね」

 この部屋の中に時計は見当たらなかったが、青年は腕時計を見てそう判断したらしい。そういえば、この施設での尋問が始まってもう半日くらいだろうか。時間経過を知った途端に空腹を訴えてくるこの体が辛い。空腹という状態自体が生まれて初めてなので新鮮ではあるが、新鮮さを愉しむ余裕は今の私には残されていなかった。

「ですが、これで漸く判断がつきました。あなたがたは、人間ではない・・・・・・・・・・・・・

 だから──そんな、どきりとする言葉を告げられて、わかりやすく動揺してしまったのだと思う。

「詭弁だな。我等はこの惑星で生まれた生命ではない。貴様等雑種と生命の組成や定義が異なるのは当然のことであろう?」

 すぐさま切り返したギルガメッシュが、ぴくりと眉を動かしたことに気がつく。一応私の「大人しくしてて」という意向を汲んでくれているらしく、傍若無人な振る舞いはせずに終始面白くなさそうに口を曲げていた彼が、にわかに目の前の出来事に興味を示したようだった。

「それは存じています。とはいえ、郷に入っては郷に従っていただく必要がありますので。この世界は生命の多様性を認めません。あなたがたを人間──つまりこの国のマジョリティーと認めてしまっては秩序、ひいては平和が維持できなくなる。……特にあなた。特定管理番号404」

 そう言って完璧な微笑みを絶やさぬまま、青年はギルガメッシュから私の方へ視線を向け直した。

 特定管理番号404──初めの身体検査で名乗った「岸波白野」という名前ではなく、そんな無機質なコードネームで彼は私を呼んだ。確実に、私という自我を否定する意図で。

「まあ、そうは言っても様々な説明は必要でしょう。尋問と今の検査結果を照らし合わせるに、あなたがたは本当に何も知らないままここへやって来たようですから」

 ごくり、と唾を呑み込む音がここまで大きく聞こえるのは、ここが現実世界だからだろうか。それとも今、私が大いに緊張しているからだろうか。青年は細い指を顔の前でクロスさせながら、私達に滔々と語り始めた。

「僕はあなたがたは人間ではないと判断しましたが、その判断に至るまでの理由は全く異なります。まず、この施設に残されていた痕跡からあなたがたが別惑星のネットワークから精神体を素体にコピーしたことは明白です。別件で指名手配されている人形師の手引きでしょうが、まあその辺りは不問としましょう。あなたがたは半分彼女に騙されたようなものみたいですし。
 次に問題となってくるのが、あなたがたの処遇を人間と【レプリカント】どちらの規範に従って決定すべきか、ということです」

 レプリカント──聞き慣れない言葉だったが、一応私も高校生並みの英語知識はあるので、何となく不穏な気配を察知する。おそらくレプリカ、つまり偽物を意味する言葉が下敷きとなっている。……背を伝う汗が気持ち悪い。この汗は、電脳世界のように痕跡もなく消え去ることはないのだから。

「その前に。まずこの娘にレプリカントとやらの説明をしてやれ。我に視えたままをあらかた説明してやってもよいが、それは貴様の役目であろう」

 頬杖をついたまま、ギルガメッシュは目を細めて青年に言葉で切っ先を向ける。

「おや、ご存知ないのですか?」

 ふむ、と不思議そうに一呼吸置いた後、青年は手元の電子機器をタップする。暫くすると、彼の背後にはホログラムでできた立体的なスクリーンが投影された。そこに映ったのは男性と女性一体ずつの3Dモデル。細かい文字はこの席位置からだときちんと読むことはできないが──目を凝らしてスクリーンを注視する私を横目に、再び青年は口を開いた。

「レプリカントとは、政府認可の下製造・販売されている人造人間です。様々な型がありますが、現在流通しているのは主にネクサス4型と6型になりますね。造りはかなり精巧で、見た目だけでは人間と区別がつきません。
 どちらも寿命が四年と短いのが欠点ですが、6型は恐るべき身体能力を保有しているのが特徴で、宇宙開発の労働力や兵士として起用されています。4型は主に新薬開発のための実験台ですね。彼等のおかげで僕達人間の寿命は延び、開拓は躍進を続けています」

 人造人間。アンドロイド。ラニのようなホムンクルス──〝新しい人類〟とはまた違うニュアンスだ。なら、リアルワールドにおけるNPCやAIということだろうか。だが、私は人間の形をしている彼等のことを人間のようにしか扱えない。それに私自身元をただせばNPCである。そんな私にとって、青年の語る言葉は酷く冷たく感じられた。たとえ彼にとってはそんなつもりはなかったのだとしても。

「ただでさえ人間と見た目がよく似たレプリカントです。人間は人間、レプリカントはレプリカントとしてのルールを設け、線引きをしなければこの社会は崩壊します。ですからあなたがたを測っていたのです。
 まずギルガメッシュさん、あなたは身体検査の数値結果がどれも並の人間の数倍です。人間と言うにはあまりに常軌を逸した能力値──あのネクサス6型に匹敵する程だ。ですが、尋問やこの検査の応対であなたをレプリカントとはとても判断できませんでした。
 つまり、人間を超越した生命体──僕達にこれを定義する言葉はありませんが、そうですね……超越者とでもいいましょうか。ですので、僕の管理下においては一定の人権を認めましょう」

「超越者か。……ふん、それを言うなら裁定者とでも呼べと言いたいところだが──貴様等は我の裁きの対象ではない故な。許す」

 ギルガメッシュは満更でもなさそうに口角を吊り上げる。彼がこういう笑い方をしたところで額面通り愉快に感じているとは思わない方がいいのだが、ギルガメッシュの纏う空気は存外冷たくない。それならそれでいいけれど、問題はおそらく私の方だ。

「特定管理番号404。あなたは身体能力・演算能力どちらとも平均的な数値でした。ですが、尋問であなたはある一定期間以前の記憶がないと言いましたね」
「あ……」

 青年の言う通りだった。私には確かに、一定期間──聖杯戦争以前の記憶がない。……だって、私はまだ生まれたばかりの電脳体だ。地上で冷凍睡眠していた岸波白野という人間の人格を元に形成されているとはいえ、彼女自身がムーンセルにアクセスしたわけではないので私と彼女はイコールではない。つまり私は──純正の「人間」では、ない。

「その供述と僕の行った検査──人間とレプリカントを識別するブラッシュ・レスポンス。これらの結果を重ね合わせ、僕はあなたをレプリカントと判断します」
「──私は人間よ」

 そんな三文芝居でも今どき流行らない言葉を、再び口にするとは思わなかった。

 私は人間だ。たとえ地上で生まれた人間でなくとも、この魂は人間そのものだ。そう私は月で確信した筈だ。そして人間を裁定する者であるギルガメッシュもまた、私を人間だと認めてくれた。だからもう何も揺らぐことはない、そう思っていた筈なのに──

「そう簡単に狼狽えるな、マスター」

 そのとき、ギルガメッシュの明朗な声が矢のように体を射抜いて、背筋がぴんと張り詰める。

 こわごわと顔を向け直すと、案の定彼は面白くなさげにこちらを睥睨している。自分の思う通りに事が進まないことを不愉快がる顔だ。

「この者が何を口にしようと、最終的に貴様の魂を見定める者はこの我だ。ゆめ忘れるな」

 はあ、と嘆息の後彼は当たり前のようにそう言った。──どうやら王様なりに励ましてくれたらしい。一拍ほど遅れて気が付いたせいで、私が反応する前に「それで」とギルガメッシュは青年の方へ向き直ってしまった。

「貴様は何が目的だ? 我等を判別し、それぞれに罪科に処すと?」
「まあ、ひとくちに言ってしまえばそうなりますね。ああ、申し遅れましたが──僕は対レプリカント特捜班員、通称【ブレードランナー】です」
「ブレード……ランナー?」
「ええ。簡単に言えば特定の事件において強い権限を与えられた刑事です。僕のことはデッカードとお呼びください。コードネームのようなものです。本来の名前は他にあるのですが、そちらを使うのは少し面倒ですので」

 レプリカントに続いて聞き慣れない単語に思わず鸚鵡返しにしてしまうと、彼──デッカードはそう名乗って軽く一礼した。さらり、と俯く顔にかかる黄金色の髪の毛が、蛍光灯に反射して光るのが目を瞠る程美しい。慇懃無礼と本来形容すべき態度ではあったが、何故か嫌味たらしさが全く感じられない。

「あなたがたはこの世界の異分子です。本来であれば人間であろうとレプリカントであろうと問答無用でこの惑星から元の場所へと強制退去していただく──のですが、余程よい腕の仲介人を使ったようですね。あなたがたの身分証明は、どの惑星のネットワークにアクセスしても行えなかった。ですので僕が呼ばれました。
 あなたがたが人間かレプリカントかを判断し、処遇を決定することが僕の役目です。もしあなたがたにここに居続ける意志があるのなら、ギルガメッシュさんにはギルガメッシュさんの能力に見合った労働を、そして特定管理番号404にはレプリカントとしての義務を果たしていただきます。そうでなければ、即刻この惑星から元の場所へ退去してください」

 そう、朝の挨拶でも交わすような口ぶりで、デッカードはにこりと微笑んだ。

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