Ⅰ ダイスロールは甘くない - 3/3

 この惑星での労働、もしくは強制退去。……収監や極刑を求められなかっただけまだましなのだろうか。そう考え始めて、いやいやと頭を振る。流石に半日続いた尋問で疲れが出ているのではないか。こういう時はきちんと事実確認をすべきである。

「あの……ちなみにその労働とか義務って一体何なんでしょう」

 訊ねた先のデッカードはふむ、と俯き顎を撫でた後、良い考えを思いついたとでも言うように再び顔を上げた。

「ギルガメッシュさんにはぜひ僕の下で特捜の任務に当たっていただきたいですね。その身体能力も知能も腐らせておくわけにはいきません。ですがあなたには……残念ながらこれと言って突出した能力が見られませんので、新薬開発の実験台辺りが妥当でしょうか」

 ……やっぱり駄目だこれー!

 命の危険を察知して、ギルガメッシュに全力で助けを求めるも、先程までのシリアスなアトモスフィアはどこへやら、「貴様何だか大変なことになっているではないか」とでも言いたげにニヤニヤと愉快な視線を向けているだけである。これはひどい。百パーセント自分が従事させられそうになっている「特捜の任務」に興味でも抱いているが故の反応である。

 しかし、事は深刻だ。冗談抜きで新薬開発の実験台なんて危険な目に遭うのは拒否したい。人権が認められていない以上、かなり危ない実験に参加させられるのは問わずとも明白だ。たとえ一時的に得ただけのものであったとしても、この現実の肉体と私の電脳体としてのデータは一体化している。ウィザードにとって現実の肉体の死は命の終わりを意味しないというが、今はその法則も適用されない。

「人間の裁定者を人間と似た歴史を歩んできたであろう生命が裁定し、よもや労働まで要求するとはな。王に対し不敬極まるとはこのことであろう」
「へえ、あなたは別世界では王だったと? 僕も外野から王などと揶揄されることがありますよ」

 どうするんだこれ、と途方に暮れかけた頃、やっとギルガメッシュが再び状況を打開してくれそうな答えを発してくれる。おかげで詰まりかけた息も調子を取り戻せたけれども、私が惑っている様を見て一頻り楽しんだ後に助け舟を出してくるあたり、本当に底意地が悪い。

「だが、この得体の知れぬ異邦人相手に任務を下命するとは、特捜も余程手が足りていないと見える。──貴様、一体何を考えている?」

 ギルガメッシュのその発言のおかげで、やっと私はデッカードの発言のおかしさに気が付いた。

 そうだ──実験台なんて怪しい単語に惑わされて頭から抜け落ちていたけれど、それ以前にギルガメッシュの課された任務とやらも考えてみればおかしな話だ。いくら人智を超えた能力を持っているからといって、ほぼ不法入国したも同然の彼をそんな重要な任務につかせようとするものだろうか。「お察しの通りです」とデッカードは肩を竦めた。

「特捜班は今、とあるレプリカント二体の脱走事件を追っています」

 レプリカントの脱走事件──?

 彼の発言にどきりとさせられながらも、私は唾を呑み込んで彼の言葉に耳を傾ける。

「僕達特捜は彼等を速やかに『解任』する必要があります。ですが、つい先日事件を追っていた僕の前任者が彼等に殺されてしまいました。
 僕自身、ブレードランナーとして研鑽は積んできましたが確実な一手を打ちたい。そこでギルガメッシュさん、あなたのようなレプリカントと対等に渡り合える方に協力していただければと考えたんです。あなたがたの処遇は本当に僕に一任されていますから」

 デッカードの瞳の真っ直ぐさに嘘偽りは感じられない。……冷静に考えて。彼が私達をわざわざ騙すメリットよりも、私達にこうして手の内を明かすデメリットの方が大きいような気がする。それにしても不法入国者をこんな捜査に協力させようとするのは些か大胆すぎる手に思えるが──いわゆる刑事の勘や伝手を最大限利用していると考えると合理的ではある、のだろうか。

 いや、それよりも。レプリカントの脱走事件、デッカードは確かにそう言った。そして彼等は反乱分子として速やかに「解任」されなければならないとも。……正直、他人事とは思えない。先程正にレプリカントだと判じられた自分としては。もしかして彼等もまた私と同じ──

「貴様の言う任務とやら、漫遊がてら付き合うには愉しめそうだ。だが受けるには交換条件がある」

 ギルガメッシュは私をちらりと見遣った後、椅子の背もたれに身を投げ出して不敵に笑う。

「我は貴様以前にこの娘と契約を交わしている」
「おや。もしかして404はあなた個人の慰安用レプリカントでしたか?」
「……は!?」

 聞き捨てならない単語がデッカードの口から飛び出した気がして思わず叫ぶが、部屋の中の誰一人として困惑する様子がない。それどころかギルガメッシュは「そのようなものだ」なんて頷いて人の悪い笑みをこちらに浮かべている。いや、確かに彼とはマスターとサーヴァントという特別な関係であって、無二の相棒だと自覚している。だが、その言い方だとあまりにも語弊が過ぎる。王様と私はもっと対等な関係だし、慰安というと何だかいかがわしい響きだし!

 様々な抗議の言葉が込み上げてくるも、うまく口にするのがかなわないままギルガメッシュへ憤りの視線を投げるが交わされる。きっとこんな軽口を叩くのは彼なりに思惑があるのだろうけれど、羞恥心を抱くのは間違っていないと思う。

「それでは彼女をむやみやたらと実験台にはできませんね」

 デッカードのやれやれ、と嘆息する姿を見て、漸く私もその思惑とやらを理解した。

「その通り。我とこの娘を引き剥がし、好きにするということは即ち我等の秩序を乱すことに他ならん。白野も我と共に行動させよ」
「なるほど。まあ、それでもいいでしょう。あなたのような方にそこまで言わしめるレプリカントには純粋に興味が湧きます」

 デッカードはそう言って、再び私を再び見つめる。その瞳の色は、彼の言葉通り私の中身を検めるような関心で満ちていた。……嫌な気分というわけではないが、何となく居心地が悪い。

「もう一つ。我等はこの世界に長居するつもりはない」
「おや、そうだったのですか?」

 そりゃそうだ、こんな酷い目に遭うなら本当は今すぐ出ていきたいくらいだ。そんな合いの手を入れてもこの二人には無視されてしまいそうな気がして私は黙ったままでいる。

「本来我等は電脳体だからな。故に事件が解決次第、別の高度な文明を築いている惑星ネットワークに繋げ。ああ、元の居場所ではなく我等の未だ踏み入れたことのない場所へな。我等の旅の終わりはここではない」
「もう一つの交換条件ということですね。……構いません。本来は退去していただくべきですから。それにあなた程の手駒を長く飼い慣らすと、いつかコストが足らなくなりそうだ」

 そう呟いた後、デッカードはギルガメッシュに右手を差し出す。どうやらここでも握手が挨拶の基本であるらしい。しかし、彼は一向にデッカードの手を握る素振りを見せなかった。特にそれを気にした様子もなく、デッカードはにこやかに手を引っ込める。

「それではよろしくお願いします、ギルガメッシュさん。そしてハクノ・・・。あなたがたは今から僕と同じブレードランナーです」

 その時初めてデッカードは私を名前で、──けれど呼び捨てで呼んだ。あの少年と似ているようで違うエメラルドの瞳は、私達の姿を狂いなく捉えていた。

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