……何となくわかっていたことだが、徹底的にレプリカントを物として扱う社長に対して若干の反抗心が芽生えている自分に気がつく。彼等だけでなく、私自身の心の在り方まで否定されている気持ちになるからだろうか。だが、もしデッカードに自分をレプリカントだと判断されなかった場合でも、この気持ちは大なり小なり抱いていた気がする。
「何故、という顔をしているね。確かに寿命が長ければ長い程生産コストは低下する。だが──私は未だに克服できていないんだよ。彼等の自我というバグをね」
そんな私の顔色を瞬時に理解したらしい社長は、昨日のデッカードと同じ所作──目の前で指をクロスさせ再び語り始める。
「レプリは私達人類と同じ組成の肉体に、人間として生活するために必要な習慣等の知識を付与されて目覚める。そこに魂と呼ぶべき自我はない。生まれたばかりの彼等は与えられた命令に対し実に従順だ。しかし、数は少ないものの四年というわずかな生涯の間にすら自我に芽生えてしまう者がいる」
「それは……」
「おかしい、と言いたいのかい? 義憤に駆られた目をしているな。君みたいな少女を製造した覚えはないのだがね」
昨日のデッカードによるよくわからない検査をしたわけでもないのに、社長はそんな皮肉めいた言葉を口にした。それだけ私がわかりやすい顔をしていたのだろう。
それでも、やはり社長の言葉には納得できない。生まれたばかりの頃には自我がなかったとしても、後に芽生えることになったのならそれは魂と呼ぶべきモノなのではないだろうか。そもそも──純粋な人間とレプリカントの精神のありように区別などつけられるのだろうか? わざわざ半日かけて尋問しなければならない程、判断が難しいらしいのに。
「無論、精神と呼ぶべきモノはレプリカントにも存在する。どんなに肉体が優秀でも、対話による意思疎通がままならなければ人間の体を持つ意味がなくなるからね。
だが、容れ物はあっても中身はない。彼等は人間のように自己実現を果たそうとはしない。インプットされた『主である人間に従う』という命令に従うのみだ。そんな精神の在り方は、果たして人間らしいと君は言えるか?」
「だとしても、自我は芽生えるのでしょう。……あなたはその魂を否定するの?」
テーブルの下、膝の上に置いた拳を痛いくらい握りしめる。声が震えている。……目を逸らすことはできない。目を逸らしてしまえば社長の言葉を肯定することになる気がした。
「だからそれは欠陥なんだ。だって、自我の存在なんて設計書に書いていないんだよ。私は神様ではないからね。人間らしい肉体や精神は再現できても、魂までは設計できない。だから自我が芽生えてしまった、命令がこなせないレプリカントはただの壊れた人形なんだ」
それでも社長は完膚なきまでに、私の魂を否定した。
ならば、私は壊れた人形だというのか。ムーンセルのNPCとして、聖杯戦争の背景の賑やかしとして口を噤んでいるべきだったというのか。
──それは違う。たとえ理屈になっていなくても、私はギルガメッシュが肯定してくれた一人の人間として反論しなくてはならない。彼が愉しめといった生は、そんな風に易々と否定されていいものではないのだから。
「本題からずれているぞ」
だが、議論とも呼べないかも知れないその舌戦は平行線のまま、というギルガメッシュの一言によって終止符が打たれた。
思わずギルガメッシュを見上げる。唇を噛みながら、睨みつける程の勢いで。彼はこちらを一瞥した後目を閉じて腕を組む。「今は目の前のことに集中しろ」の意だった。……そんなことくらい、わかっているつもりだった。
「ああ、すまないね。彼女の反応が面白くてつい」
朗らかに笑う社長に後ろめたさや敵意は感じられない。先程は本当に、一研究者としての所感を述べたに過ぎなかったらしい。「では戻しましょう」と隣のデッカードが頷くのが視界に入る。
「……それで。件のレプリについて、持っているデータを全て提示して頂けますか」
「ああ、もちろん」
そう言って社長がテーブルの上を何度かタップすると、朝日が映し出されていたスクリーンの壁に二人の男性の写真が投影された。
どちらも髪が生えていないのか白い布で頭部が覆われていた。その下に白い簡素な服を纏った状態で撮影されている。顔色もよくない。片方は少し見覚えがある顔……のような気がするが、正直人相というものは髪型や服装で随分印象が変わるものなので、そんな気がするだけかも知れない。
「……」
「……デッカード?」
「──いえ、何でも。既に社長には軽くお話させていただきましたが、改めて」
デッカードが俯きがちにだんまりを決め込んでいるので、声をかけてみるとすぐに彼は顔を上げて説明を始める。
「脱走したレプリカントは二人組です。ネクサス6型のJ-007とネクサス4型のK-404、どちらも男性型ですね」
404。奇遇だが、私に付けられた特定管理番号と同じだ。K-404と呼ばれた方──先程見覚えがある顔だと思わなかった男性型レプリカントを凝視してみる。鼻筋の通った綺麗な顔立ちだ。また、J-007と比べて若干幼い顔立ちのようだったが、それ以上の特徴はこれといってない。
「ネクサス4型は6型の前身だが身体能力は並の人間と変わらない。6型を生産するようになってからは主に実験用として製造している。彼も実験用だったのだろう? よく脱走できたものだ」
「ええ。二体とも寿命が近い筈ですが、K-404は特に状態が重篤です。J-007の手助けがなければ施設から自分の脚で出ることもかなわなかったくらいには」
デッカードがそう言うからには、彼は本当に大変な状態なのだろう。……反対に、J-007と呼ばれた方のレプリカントも気になる。寝たきりのK-404を連れて施設を脱走できる程、彼は優れた身体能力を持っているということらしい。昨日デッカードから聞いた話を思い出す。ギルガメッシュはネクサス6型と同等の身体能力を有していると彼は言っていた。──つまり、裏を返せばネクサス6型はサーヴァントに匹敵する身体能力を持っているということだ。
「J-007は軍属のレプリカントでした。一度怪我を負い、入院していた施設を爆破してK-404とこの星に戻ってきたようです」
「我が社に送られてきていたデータを見た限り、相当の実力を持ったレプリのようだ。軍用に製造した6型は大体寿命の半分も存命すれば御の字だが、彼はそこで三年十か月……つまり寿命の殆どを過ごしている」
社長はひどく感じ入った様子でJ-007の写真を見上げる。この人はこの人なりに、自分の製造したレプリカントに対して真摯に向き合っているらしい。だが、私はそれよりも彼やデッカードの発言に対して浮かんだ小さな疑問が気になって仕方がなかった。
──どうして彼等は戻ってきたのだろう? この星にやってきて一日しか経っていない私が言うのも何だが、戻ってきたところでここにレプリカントの居場所はなさそうだ。たとえ生い先短くとも別の惑星を目指していたなら、少なくとも私達のようなブレードランナーに追われる可能性は低かっただろう。それに、こんな厳しい雨の世界に戻ってきたところで生きるのは大変そうだ。
「どちらも放っておけばよいのではないか? すぐに尽きる命なのであろう」
そんな私の純粋な疑問をよそに、ギルガメッシュは率直すぎる意見を述べる。確かに、どちらのレプリカントも寿命が近いというなら追うまでもなく自滅する可能性が高い。ギルガメッシュの言う通りではある。
「ギルガメッシュさんの言うことはもっともです。ですが不穏分子は根絶せねば平和という均衡は成り立ちません」
だが、デッカードは首を縦には振らなかった。まあ、それも真っ当な意見だ。あと数日の命だからと言って警察が逃走中の指名手配犯を逮捕しない、なんてことをするべきではない。
「家の不始末は家でという話ではないのか」
「その話は後で、社長」
デッカードと社長の意味深な会話の後、そのままレプリカントに関する話は続いていった。だが、私はJ-007やK-404について、ひいては自分自身について取り留めのないことばかり考えていた。彼等は何故脱走を図ったのか。どうしてこの星へと戻って来たのか。……私は、社長の言う通り壊れた人形なのか。
ふと、隣のギルガメッシュに小突かれる。「寝てないよ」と言いかけて咄嗟に顔を上げると、神妙な顔つきでギルガメッシュはこちらを真っ直ぐ見つめていた。
私の考えは大体見通されている。その上で、彼は問いたいらしかった。
──お前は、人間かと。
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