──都市警察のデータセンターに入室許可が下りたのは、それから二週間近く経ってからのことだった。
「短い間でしたが、ご苦労様でした」
デッカードから私達に用意された餞は、出会った時と全く同じにこやかな微笑みらしい。「それはどうも……」と私が多少げっそりとした顔で返すと、「まったく、王をこき使いおって。ま、退屈はせずに済んだがな」とギルガメッシュも加勢する。そうは言っても何だかんだ刺激的な日々の連続だった故か、彼の言葉尻に疲労はてんで感じられない。
あの事件が終わって次の日。晴れてリアルワールドから無罪放免、と思っていた私達は、あの人形師の旧型のネットワークしか敷かれていないという言葉の重みを漸く知ることとなった。この世界のネットワークから電脳世界への接続はかなりの困難を極めるのだという。接続テストが終了するまで暫くかかる為、私達はデッカードの下で他の事件の調査を手伝わされていたのだった。
件のレプリカント脱走事件は、確保した二体の生命限界をもって解決した。二人の遺体は司法解剖の後タイレル社へと引き渡され、「もう二度と」このような「バグ」が発生しないよう更なる研究が進められる見込みであるという。
「ああそうだ、その使用済みの素体ですけど司法解剖に回しても?」
「貴様、王の玉体に触れたいと申すか」
「それ拒否権ないのでは?」
電脳世界へと接続した私達は再び電脳体となり、現実世界での素体は必要なくなる。まあ、おそらくこの世界にやって来ることは二度とない。この世界の発展に私達の身体が役に立つなら提供してもよい……のだろうか。考えてみると何だか変な気分だ。幾ら理論上精神と肉体が分離可能だとしても、ほんの短い間であったにしても、この体は紛れもなく私のものだった。それを自分の知らないところで変に弄られるというのは、正直あまり心地がよくない。
「ただの冗談ですよ。あなたがたの体を作った人形師には覚えがあります。精神体が抜ければただの顔のない人形に戻りますから、解剖の意味がありません。丁重に火葬──もとい廃棄処分させていただきます」
デッカードの種明かしに私は「何だ」とほっと息をつく。真面目に自分の身体が今後どうなるか想像してしまったので、こういう冗談はやめてほしい。
ベッドに体を預け、体に端子を装着する。あとはただ目を瞑り、全身の力を抜いてネットワーク技師に接続を委ねるだけだ。……その前に。すっかり何事もなかったように笑っているデッカードに、訊ねたいことが一つ残っていたことを思い出した。
「ねえ、デッカード」
「何でしょう」
「答えは見つかった?」
それだけで彼には全て伝わったらしい。はっと何かに気がついたように目を見開いた後、デッカードは再び完璧な微笑みをその頬に浮かべて口を開いた。
「──さあ、どうでしょう? ですが見つかっていたとしても、僕の立場からはとても口にはできませんよ」
端子の装着を急かされる。……この二週間は仕事続きで忙しかったけれど、こうして最後と言われると名残惜しい。光は射さず、雨の降り続く、いずれ棄てられる運命の星。それでも彼等は生きた。そして、デッカードだって生きている。
「デッカードよ」
システムが稼働する直前、ギルガメッシュが視線だけを彼に遣る。
「これからが覚悟の時だ。得た答えを見つめるか、それとも見ぬふりを貫くか」
彼の言葉にデッカードがわずかに息を呑むのを見て、私も全てに合点がいった。無言で彼が頷いた後、ネットワーク接続の始まりを示す電子音が部屋に鳴り響いた。
「さようなら。もう二度とお会いすることはないでしょうが──どうかお元気で」
──デッカードが果たしてどちらを選ぶのか。私達がそれを見届けることはない。けれど願わくば、彼自身に納得のいく結末がありますように。
次第に溶けていく意識の中、私はそんなささやかな願いを抱いた。
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