光の射さぬこの街にも朝があり、昼があり、夜がある。夜になったリアルワールドはより一層薄暗くて雨足も強まり、気温が下がる気がするけれど、それはただの私の思い込みなのかも知れない。
ギルガメッシュの腕時計の指し示すただ今の時刻は二十一時四十五分。報告書作成という名の残業を終えて夜ご飯を済ませた後、私達はやっとのことでマンションのエレベーターホールに辿り着いた。
「疲れた……」
今日ぐらいはそう口にしても仕様がないと思う。いくら明日は非番とはいえ、今日はデッカード──この世界における私達の一時的な上司で、月の聖杯戦争で出会った少年王とよく似た面立ちの青年だ──にこき使われ過ぎた。朝一から現場の調査と周辺住民への聞き込み、関係各所との会議、そして無限の報告書作成。彼の部下になって二週間と少し経つが、ここまで予定が詰まっていた日は初めてだった。
「これだけで音を上げるのだから、貴様はやはり頼りない凡夫よな」
「うるさーい……デッカードやギルと一緒にしないでくださーい……」
一番問題なのは、このスケジュールをものともせずにこなしてみせるデッカードとギルガメッシュである。デッカードはこの仕事に慣れているので勘定から外すとしても、ギルガメッシュがこうまでしてきちんと──勤勉、と言っても差し支えないほど的確に仕事を片付けるとは思っていなかった。一週間前のあの事件で肩を負傷している状態だが、これくらいどうということもないという顔をして、片腕で全てをてきぱきと済ませてしまう。……まあ、考えてみれば彼は人間と神の間に生まれた超越者であり、生前は暴君であったとはいえ、最終的にはウルクの都市を立派に治めた王だ。政を掌るにはこの程度の仕事のペース配分くらいできて当然なのだろう。
「今日は肩、痛くないの」
「何度言えばわかる。この程度で音を上げるほど柔ではない」
「デッカードは全治一か月って言ってたし」
「どうせ治りきる前に棄てる器なのだ。貴様が執着する必要はない。身体が不自由なのは面倒だが、本来肉体とはそういうものだ。とやかく言っても仕方なかろう」
それでも彼の肩の怪我は心配だ。どうせあと一週間すれば私達はリアルワールドを旅立つ。この肉体ともおさらばだ。電脳体に戻ってしまえば元通りのはずなので、気を遣わないでもいいという彼の言葉はまあ、一理ある。それでも今の自分達がこの肉体で生きる必要があるのは変わりないわけで、痛かったり負担のかかったりするようなことはなるべくしてほしくない。……そう何度も言っているのだが、こうして聞き流されている。
チンとベルが鳴り、エレベーターの扉が開くと同時に私達は廊下へと一歩踏み出した。レインコートを脱ぎながら自室のドアの鍵へと手を掛ける。兎にも角にも、部屋に入ったら真っ先にベッドにダイブだ。汗水垂らすことにはなったのでお風呂は入りたいけれど、正直仮眠を取った後にしたい。ああでも、ギルガメッシュの背中を流す任務が残っているからそれは無理か。雑然とした思考を整理しないままドアを開け玄関に足を踏み入れる。続けて入ってきたギルガメッシュがドアに鍵をかけた途端──私は彼に片腕で抱きすくめられていた。
「へ?」
突然の人肌の温もりに体温が上がるのを感じながら振り向くと、彼の美しい顔が迫ってきて、そのまま唇が重なる。
「ん……ぅ……」
それはものすごく久々の行為だった。……少なくとも電脳世界からこのリアルワールドに来て、私は一度も彼にこうしたちょっかいを出されてはいなかった。その理由はよくわからない。私が暫く自分の存在意義について悩んでいたことに気を遣われていた、とか?
ここ最近、彼は少しだけ普段の手厳しさが和らいでいた。もちろん彼の傲岸不遜な態度はいつどこでだって変わりようがないのだが、そういうことではなくて。私が自分という存在について答えを出せるようになるまで待ってくれているような、そんな優しさがあった気がする。
啄むような口づけから、次第に彼の舌が遠慮なく押し込まれるのを黙って受け容れる。以前、「こういうとき自分の舌はどんな風に収めていればいいのかわからない」と吐露したら、「絡めればよいだけの話であろう」と笑われたことを思い出す。だから、蠢く彼の舌をぺろぺろと舐めてみると、腹に回っていた彼の掌が次第に上を目指して這っていくのがわかった。
「……っ、ギル」
流石に体勢が辛くなって唇を離すが、ギルガメッシュは私のあまり豊かではない胸を手遊びに揉み続けている。貧相な身体と罵られることは多々あるが、何だかんだ豊満な女性よりスレンダーな少女の方が好みらしい彼にとって、私の身体はそれなりに好ましいのではないだろうか? ……なんて言ったら完膚なきまでに心を打ち砕かれる言葉を浴びせられそうなので、やめておくけれど。
「白野。抱くぞ」
──やっぱりか。ギルガメッシュの言葉はもう殆ど予想通りではあったが、そう言い放たれたことへの動悸はおさまらない。
「……疲れてるって散々言ったよね」
一応確認を取ってみるが、私の言葉は事も無げに一蹴される。
「舌を絡めてきたのは貴様だろうが」
「いやだってそれは前にギルが言ったから」
「知らん」
知らんことはないだろう、あなたが忘却できない身体だというなら。そんな抗議は、再び埋められた唇と舌に圧し潰されて消えてしまった。ギルガメッシュの手によって身体を回転させられ、彼と向かい合わせの形になると、よりきつく彼の方へと抱き寄せられる。
「白野よ」
「はい」
「貴様の指摘で我も腹落ちしたが。今我等は電脳体ではなく生きた身体を手に入れているな」
「そうですね」
「斯様な機会はそうあるまい。さすれば致すべきことは一つしかなかろう」
「さいですか」
魔性のルビーの双眸に惑わされないように、目を逸らしできるだけ感情を削いで返事をするも、正直心臓は高鳴ったままだ。だって彼の手は尻に回っている。焦らすように撫でられてくすぐったい。……なのに、腹が捩れるようなくすぐったさ以上に、下生えが濡れてしまうような期待が私の心を刺激している。すごく疲れているのは本当なのに──いや、疲れているからこそ妙なアドレナリンが生成されているらしい。
「で……も、ギルの肩」
「貴様が気を遣え」
ここまで潔く一蹴されると逆に気持ちが良い。いや、その通りなんですけど。
「それにだ。考えてもみよ。この身体を得てから我等はまぐわっていない」
顎をくいと抓まれて、俯いていた顔が強制的に上がる。相も変わらず美しいギルガメッシュの顔は、こういう時に見つめると恥ずかしさが倍増である。初めは嫌がっていても、彼の眼差しを受け容れるとそれがただのポーズになってしまう。
「つまり貴様は正真正銘の処女。そしてこの我すらも童貞だ」
「……何ですと──!?」
彼のビックリ発言に思わず声を上げると、ギルガメッシュはにたりと口元を吊り上げて性悪そうに目を細めた。
た、確かにそういう考え方もあるのか。それなら電脳世界の彼だって初めての時は童貞だったのではないか。と思ったけれど、サーヴァントの肉体が生前の経験を余すことなく再現しているならば、そういうわけではないのかも知れない。だが、この肉体は例の人形師に造ってもらった新しい容器だ。私もギルガメッシュも精神は電脳体のデータを引き継いでいるけれど、この身体自体の経験値はほぼゼロのようなものだ。
「どうだ。これで我のものを股座に咥え込む覚悟は決まったか」
尻をまさぐっていた手を前へと回して下腹部の辺りを撫でる彼は、そんなことを恥ずかしげもなく口走る。
「そ……ういう言い方はちょっと恥ずかしいんですけど」
「如何様に表したとて手順は変わらぬぞ」
「そりゃ、そうだけど」
「もう何度も男を知っているのにか」
「……ギルしか知らないもん」
確かめるためというよりも私の羞恥心を煽るため、ギルガメッシュは幾度も私を問い質すが私の答えは変わらない。……こういうのは気持ちの問題である。というか、生前それはもう様々な女の人を閨に連れ込んだであろうギルガメッシュと、彼にしか身体を開いたことのない私では、天と冥界程の経験値の差がある。悔しいが、マウンティングされたら受け身を取るしかない。
「我もあの電脳世界での便利なまぐわいに慣れ切っていたが──久方ぶりに生の肉を味わうとしよう。貴様もとくと愉しめ」
私の態度がお気に召したのか、ギルガメッシュは私を更にきつく抱き寄せる。それと同時に股間の部分の形がわかってしまう。多分、わざと当たるようにしたのだろう。何度感じても恥ずかしいけれど──同時に胸の高鳴りが更に増していく私も私だ。
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