エピローグ 今日も雨は降り続く - 2/2

 水が大地を濯ぐ音が、変わらず耳を撫でている。

 目を開いた先はさっきの風景と変わり映えのしない雨模様。無論リアルワールドと比べればずっと空気は澄んでいる。〇と一の規則に従ってデザインされた風景は、私からするとやはり馴染みが深い。

 まるで夢から醒めたみたいだ、という所感をすぐに振り払う。……夢などではない。決して。あの世界で起きた出来事は虚構なんかじゃない。それはたとえば月の裏側での、ギルガメッシュとの出会いみたいに鮮やかな記憶だ。

「ねえ、ギルガメッシュ」
「何だマスター」

 気がついた時には、私はギルガメッシュに声をかけていた。当たり前に隣にいてくれる彼と二人、屋根の下で雨宿りをしながら目の前の新世界を眺める。

「……もし、JとKの寿命がまだあったなら。私はどうすべきだったのかな」

 初めは旅を続けるために。次はただ知りたい、知らなければならないという思いで、私はあの事件に関わった。そうして最後に出た結論は、彼等の思いは間違いなんかじゃないということ。だからきっと──あのまま彼等が生きていたなら、私は彼等を殺せなかった。銃口を向け続けることなんてできなかった。どうにかして二人を逃がそうと、デッカードから離反していた。……そのせいで自分達が電脳世界に戻れなくなったとしても、やっぱり──いつかの自分であったかも知れない彼等を否定したら、岸波白野は岸波白野ではいられない。自我に目覚め、あたたかいものを信じ、生きたいと願った彼等の命は確かに本物だから。

 そう思いはしても、私が最後まで彼等の命を否定する側にいたことに違いはない。結果的に自分で殺さずに済んだだけ。こうして私は五体満足で、願った通りに電脳世界へと戻ることができている。……それは、とても嬉しいことなのだけれど。「やはり未だ悩んでいるか、貴様は」と嘆息しつつギルガメッシュは眉を顰める。

「躓くことは悪ではないが、益体のない『もしも』を連ねて時を浪費するのはよせ」
「それは正論、だけど……」
「よいか。彼奴等の運命は彼奴等だけのものだ。それを貴様が背負うのは間違っている。彼奴等の姿が目に焼き付いて離れぬなら、その十字架を背負ったまま今後も生を謳歌するがいい。それこそが彼奴等が人間であった証にもなろう。
 ……それにだ。『どうすべきだったか』など、我が答えずとも決まりきっていよう。その時も、貴様のしたいようにすればよかったのだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 自分の懊悩に対し一瞬で答えが出されたことに、呆気にとられてしまう。ぱちくりと目を瞬かせるも、ギルガメッシュの顔色はいつも通り変わらない。

「で、でも……そんなことしたら旅、続けられなくなるかも知れないのに?」
「阿呆め。そこをどうにかしないで何が王か」

 私の念を押すような聞き返しに対し、ギルガメッシュは若干拗ねた色の声を張り上げる。……ああ、そうか。彼の「もっと欲張れ、もっと愉しめ」という主旨の言葉は、こういうことだったのか。久々の電子の世界で初めて私は笑みをこぼした。

「……そうだね。ギルといるんだから、私ももう我慢はしない」

 そう宣言して私より頭一つ分上のギルガメッシュの顔を見ると、意表を突かれたように一瞬眉をひねった後、彼もまたふと微笑んだ。その微笑みは不敵な面構えでもあったけれど、私が感じたのは緊張ではなく安心と頼もしさだった。

「漸く我の悦ばせ方をわかってきたな。ならば貴様も己の領分を考えよ。決めるのは貴様だが、戦うのはこの我だ。貴様は欲しろ。我はその思いに応えるまで。それが我等の旅の本懐というものであろう?」

 私の目を射抜くギルガメッシュの、魔的にすら感じる鮮やかなルビーの瞳。その眼光の鋭さに怯まぬまま、私も彼を真っ直ぐ見返す。……あなたはいつも、ただ「愉しめ」と──「生きることを諦めるな」と、私の命そのものを肯定してくれる。

 私の手にした光は、なんて眩い黄金なのだろう。月から連れ出されたとき、ギルガメッシュは私に生の愉しみを見出せと言った。私もまた彼と共に生きることを願った。そして、私達は今日も生きている。──今はただ、その事実を尊んでいてもいいのだろうか?

「ありがとう、ギルガメッシュ……」

 思わず滲む涙を何とか押し留めて感謝を口にすると、当然だとばかりに彼はそっぽを向く。またわかりにくく照れているらしい。彼という人をこんなに照れさせてやれるだなんて、私も結構成長したんじゃないだろうか。そんなことを考えながら懐く、胸の奥がじわりと沁みるように熱くなる感覚は、肉体を持った時に感じたそれと何ら変わりはない。

「……でも、あそこで助けてくれたのがJだったのは私のサーヴァントとしてどうかと思う」
「はははは、そこはまあ水に流せ。肩がいかれておったからな」

 感動ついでに気が付いたことは一応指摘しておくと、ギルガメッシュは乾いた笑いを響かせた。いやまあ、確かにあの時の彼はサーヴァントとしての能力が殆ど発揮できず、肩も負傷していた。あそこでJが私に手を差し伸べてくれたことだって、ずっと尊んでいきたい大切な出来事だと思っている。……とはいえ、だ。そこは何とかこう、気合いで天の鎖でも何でも出して助けて欲しかった。だって、ギルガメッシュは私の最高の──

「何、もうあのような失態は犯さぬ。貴様を引っ張り上げるのは我の役目だ」

 そう言って、再びギルガメッシュは私を見下ろし、後ろに流したままの髪に触れる。……ずるい。そんな風に言われたら、ちょっと嬉しくなってしまう。そんなシンプルな情緒をしている自分を嫌だなあとも、彼のことを好きだなあとも思ってしまった。誤魔化す為に、私の髪で遊ぶ彼の指に自分のそれを絡めてみる。そのままぐいと引き寄せられて、私達は雨の中を歩き出した。

 いつの間にかギルガメッシュが蔵から取り出していた傘を差して、私達は雑踏の中に紛れていく。知らない街の、知らない景色。Jが語ったように私達はこれからもまた様々な、月にいては出会えなかった信じ難いものを目にするのだろう。目を瞠る程美しい光景も、はたまた知性体の悪性の煮凝りのような醜悪な光景も──それでも、あの世界で起きた出来事を、得た思いを、この魂が燃え尽きるまで忘れることはない。
 
 
 

 黄金を手繰り、私は私の信じた方へ進む。その隣には必ず彼がいてくれるのだから。

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