翌朝目が醒めると、きちんと私は布団に包まっていた。あの後ギルガメッシュがかけておいてくれたらしい。まだ重たい瞼をこすりながら身を起こす。体はまだ何も着ていない。昨晩の熱は疾うに冷めて、寒いという程ではないが露出した部分が少しだけひんやりとする。
そうだ──彼はどこへいったのか。何とはなしに顔を玉座の方へ向けると、黄金のサーヴァントが変わらぬ夕陽に照り映えていた。いつも通りの様子で鎧を身にまとい、髪を上げて私の方をじっと見つめている。その紅玉の瞳には依然として周囲の人間を威圧し、惹きつけ、従えさせるような苛烈さはあるものの、昨夜見た情欲に燃えた色は消えていた。
「あ……! え、えっと」
何か言わなければという衝動に見舞われたが、声は掠れて結局何も言葉は出てこなかった。急に何だか恥ずかしくなって、シーツを着ぐるみみたいにかぶって体を隠す。もう全てを余すところなく見られているとはわかっていたが、やっぱり恥ずかしい。自らの裸体を晒す羞恥に私が慣れる日は一生来ないと思う。……けれど、少しだけ重く感じる体や体に残る口づけの痕が私を甘く支配している。私は、彼に抱かれた。その事実が幾度となく頭の中でリフレインしてやまない。
どうしよう。あんなすごいことをした後で、どんな顔をして何を話したらいいんだろう。彼も彼でだんまりを決め込んでいるから、居た堪れなさだけがどんどん私の肩に降り積もっていく。
不意に聴き慣れた無機質な電子音が鳴り響く。恥ずかしさをどうにか紛らわしたくて、シーツの中から投げっぱなしにされていた端末を探り当てた。まだ彼は何も言わない。仕方なく彼の視線を無視して、端末をタップし届いたメールを開く。起きたら生徒会室に寄るように、という凛からのメッセージだった。
「何をしている。生徒会からの呼び出しであろう、すぐに支度せよ」
「……あっ、う、うん!」
そこで漸く彼は口を開いた。朝になって初めて、シーツ越しに彼の声を耳にした。これもまたいつも通り、何か差異があるとするなら少しだけ倦怠感を纏った声色。私は寝台の上に散らばっていた制服をかき集め、それで体を覆いながら部屋の隅へと移動する。クローゼットから新しい下着を引っ張り出している隙に、彼の表情を今一度垣間見た。彼は不機嫌──ではないようだが、私からは視線を外し、思索に耽っているようだった。彼の気が他へ向いている間に着替えと支度を済ませてしまわねば。下着に足を差し入れ、スカートを穿きプリーツを正す。
「貴様は」
被ったセーラー服から顔を出したとき、不意にギルガメッシュが口を開いた。「え?」と訊き返すと、少しの沈黙の後彼は私の方へ顔を向けたので、急いで袖に両腕を通す。何だろう。昨日眠っている間に何か粗相でもしてしまっただろうか。不安が拭えないまま彼の言葉を待っていると、
「貴様は──、……寝覚めが悪すぎる。結局、これまで我より早く目醒めたことは一度たりともなかったな」
そんな、ほぼ完全に不意打ちの一言を彼に浴びせかけられた。
「……えーと、……ごめんなさい?」
無論、それについては弁解の余地もない。幾ら迷宮探索で疲労していたとはいえ、実際に迷宮内で私の手足として動いてくれたのはギルガメッシュである。一定時間休息を取れば魂のアバターである身体は問題なく回復するとはいえ、彼への労わりがマスターとしての生活態度等から考えて充分でなかったと言われても仕方はない、かも知れない。
などと、彼への謝罪の言葉は次々と頭に思い浮かぶのだが。問題はそこではなく、彼の態度にあった。いつもの覇気があまり感じられない様子は不協和音にも近い。彼が何を考えているのかわからない時はままあることだが、それでも私は彼のマスターだ。月の裏側ではずっと彼と一緒に過ごし、語り、彼の在り方のわかりにくさとわかりやすさを同時に感じてきた。彼の感情が揺れたことくらい私でも察知できる。そして今の彼の様子は何というか──珍しく、かける言葉を迷っているような。
……もしかして、気を遣ってくれているのだろうか? だとしたら意外だけど──何となく彼の様子から、彼は私がいつも通りにしていることを望んでいる気がした。顔を洗おうと洗面所の蛇口をひねると水が冷たくて、一気に目が冴えてくる。そうだ、今は初めてのからだの感覚に浸っている場合ではない。私は彼から、十分すぎる程の報酬をもらった。桜の樹の下で最終決戦が待っている。私は未来を覆す為に、BBを倒さねばならない。
「──ふ。漸く目が醒めたか。まあ良い。昨晩は大義であった。久々に味わう未通の肢体、なかなかに美味であったぞ」
「あっ結局そのことには触れるんだ」
「何か言ったか? ……とぼけた顔をしおって。我の隣を歩む者ならば、我と同じく傲岸不遜に顔を上げよ」
支度を終えた私を見てギルガメッシュは玉座から立ち上がる。彼の下へ歩み寄ると、甲冑の擦れる音を立てて彼は不敵に──そして誰よりも頼もしく、私に笑んだ。
「ではゆくぞ。我も一度だけ慢心を捨ててやる。貴様の剣として、必ずやあの下劣な女神を地に墜としてみせよう──」
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