ACT.2/ラストメロディー - 3/3

「……以上が、今回の活動報告です」

 淡々と言葉を繰る少女の声に耳を傾けつつ、アメジスト色の礼服に身を包んだ女性――少女の師は、彼女の提出した資料に目を通す。今週の少女は世界中の主なマリンリゾートへランダムにハッキングしていたらしい。いつも通り、資料には出会った人間との会話記録、それに対する少女の所感がまとめてある。

「そういえば、あなたが数日前にアクセスした極東の行楽地……ミヤコジマ、でしたか。ちょうどあなたが帰還したのと入れ違いでテロ未遂があったようですよ」

 資料を読み進めながら、世間話の一つとしてつい先程目にした情報を口にすると、少女の肩がぴくりと揺れる。

「未遂……では、電脳死ロストした人間はいなかったのですか?」

 そう訊ねる少女の方へちらりと視線を遣ると、彼女は曇った面持ちで心配そうに師を見つめている。……珍しい。彼女がわかりやすく表情を作ったのは通算しても片手で数えられるくらいだ。にわかに興味を惹かれた師は、頷いて言葉を継ぐ。

「ええ。何だか少しきな臭い話なのですけれどね。西欧財閥による電脳警察が介入して事を収める以前に、何者かがハッキングを仕掛けた形跡があったようです。その誰かさんのおかげでテロは未然に防がれたわけですが……西欧財閥はその何者かの正体も含めて調査しているようですね」
「そうですか……」
「ともかく、あなたが無事でよかった。あなたなら実際にテロに遭遇しても、冷静に対処して帰還するでしょうけれど」

 複雑そうな顔で黙り込む少女から再び資料へと視線を移し、師は軽く頬杖をつく。それはどちらも本心から出た言葉だ。少女を産み出した親として彼女の安全を願うと同時に、少女を設計した技師として彼女の性能を信じている。それが、己が彼女に与えられる最大限の愛情だった。

 ふと最終ページの記録が師の目に留まる。少女にしては珍しく、ハッキング中に自身で撮影したらしき写真が掲載されていた。映っていたのは日が暮れる手前の、まだ青々とした昼下がりの海岸線。よく見ると岸辺には男性の後ろ姿が映り込んでいる。

「珍しいですね。あなたが写真を撮るなんて」
「余計な行動だったでしょうか」
「いいえ、あなたが望んでしたことならば嬉しく思います。……よく撮れていますね。私も共に見たかったと思うくらい」
「ええ。私も師にこの景色を見せたくて、写真を撮りました」

 少女がほっとした様子で口角を上げるのを見て、シアリム・エルトナム・レイアトラシアは思わず息を呑む。それはシアリムが記憶する限り、ラニ=Ⅶ彼女が見せた初めての笑顔だった。

「美しいものを、見たのです」

 ラニはそのままそっと目を閉じて、胸に手を当てる。――2029年12月29日。それは、彼女の後継機であるアトラス院のホムンクルス『ラニ=Ⅷ』が稼働する三日前の出来事だった。

送信中です

×

※コメントは最大1000文字、3回まで送信できます

送信中です送信しました!