彼女は私と同じく、月で生まれた。
肉体はない。彼女のモデルとなった人物の素体は地球に在れど、その肉と彼女の意識にリンクはない。あくまで彼女は月で自我を持った。在るがないモノがヒトになった。それを自覚出来ない彼女は、ただ「死にたくない」と声を上げた。
その叫びに応えたのが、あのひとだった。
それから見えたのは、最も弱き彼女が悩み惑いながらも生きたいと願って前に進む姿。たとえ、自分がただの朧な影であったとしても――その後ろ姿を、彼は気遣いながらも好ましく見守っていた。対して彼女も、闘いに身を投じる彼の背中を頼もしく思い、自分でも気がつかない内に惹かれていた。
(彼と居ると、何だか心があたたかい)
(彼と共に歩むなら、きっと怖くない)
(この気持ちは、何だろう?)
そんな風に、ふと湧いた疑問に彼女は蓋をした。まだ死ねない自分がいて、その心を肯定してくれる彼がいる。――今の自分にはそれで充分だ。その疑問に答えを出すのは、きっと全部が終わってからでいい。
私は、そんな彼女の後姿を瞬きの間眺めただけ。
なんて幼い、私と似たりよったりの未熟ないのち。私は他人をドレインすることで自らの魂の経験を押し上げていたから、恐らく彼女より何倍も、何十倍も魂の練度は高いだろう。でも――いや、だからこそ彼女の駆けた軌跡を、そこで得た自我を、彼女が彼に向けた思いの兆しを否定することはできない。
彼女は私と似ている。だけど、私とは違う。彼女は、あまりに人間そのものだった。
そして、あのひとが白野の声に微笑む。
(ねえ、私、アーチャーと一緒にいたいな。これからも)
そこで私は漸く気がついたのだ。
これが、恋をするということなのね。
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