雨足が、一段と強くなっている。
そう感じたのは俺の心の持ち様の問題だったのか、それとも本当にこの世界に嵐がやって来ていたのか。いずれにせよ、足下に纏わりつく水滴による不快感が増すだけの話だ。今更過度な感傷を憶える必要はない。これまで通り、「紛い物」と呼ばれていた頃のように──ただ己が役目を果たせばいい。これが俺達が抱ける唯一無二の希望なのだから。
軍属の頃、隠密行動や暗殺任務ばかり与えられていた自分がタイレル社に潜り込むのはそれほど困難ではなかった。無論、それは入念な下準備があった上での話だ。他の惑星と比較すると出遅れているとはいえ、この故郷にもセキュリティネットワークは存在する。それもレプリカント製造だけでなくネットワーク事業も担うタイレル社となると一朝一夕での攻略は難しい。
故に薬売りの持っていた情報は非常に役に立った。奴の伝手で買い上げた査証を手に、こうしてやっとタイレル社への侵入がかなった。──漸くだ。結局のところ、俺達には時間がない。明日はあるのだと信じてはいても、それでもその明日を作るには確かな力が必要だ。
この計画をKに話した時、あいつは些か面食らった顔で躊躇いを見せた。
「これでいいのかな」
「何がだ」
「色々と」
「生きるために人を殺すことがか」
Kは、人を殺す為に生まれた俺とは違う。寧ろ人に殺される為に生まれたようなものだ。そのせいか、それともこいつが獲得した人間性故か、Kには自分と同じ形をした命を奪うことについての抵抗感が備わっている。
だが、これは国益を賭けた戦争ではない。生存のための闘争だ。生き延びるために、まず俺達は戦わなくてはならない。その過程で同じ命を押しのける必要があるというだけの話。そもそもKの手は汚させない。これは全て俺が遂行すべき任務だ。だから、Kが罪を背負う必要などないのだ。
「わかってる。それでも俺は……生きたい」
「なら、お前は躊躇わなくていい」
「……うん。でもさ、J。俺はお前が心配だよ」
Kは言いながら掛け布団の裾を握りしめる。白いシーツと共に、Kの眉間にも皺が寄った。
「Jは少し一人で背負い込み過ぎだ。お前だって、ちゃんと『人間』だよ。使い捨てられるべき存在じゃない、たった一人の……」
そう言いかけて、Kは力なく首を横に振る。「身体も穴だらけで、何もできない俺が言うべき話じゃないか」と呟くあいつの眼は、珍しく諦めに近い色がぼんやりとかかっていた。
──俺は、そんな目をさせるためにお前をここへ連れ出したんじゃない。
そんな反駁が胸に浮かんで思わずぎりりと歯噛みする。自分の至らなさを悔やみながら、それでもまだ諦めないと決意する。
「……お前はただ、歩ける足を持っていないだけだ。だから俺が足になる。そしてこの計画が完遂したとき、お前は──」
自由だ。何故かその一言に躓いていると、Kは「ああ」と困ったように微笑んだ。
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