Ⅳ 薪は二度とくべられない - 3/4

 デッカードの指示を受けた私達は、急ぎ駐車場まで向かいスピナーに飛び乗った。
 ギルガメッシュの運転するスピナーはどうやら最大速。それに負けぬスピードでデッカードも警察車両のエンジンをふかしている。
「……ねえ、漫遊しすぎたってどういうこと?」
 悪い予感に駆られながら私はギルガメッシュに訊ねる。とげとげしい声音になってしまったのは正直仕方がない。
「む。察せよ」
「いや教えよ」
 そんなの言われなくたってわかっている。わかっているけれど、今回ばかりは──いや、今後もこういうことはあるかも知れないけれど──あなたの口から説明されなければ気が済まない。だってギルガメッシュ、あなた絶対こうなることを予測していただろう!
「無論我の見立てだからな。こうなるにはあと数日かかると思っておっただけだ」
 だが、そんな風に自信満々に言い切られてしまっては私も挟む口がない。この慢心王め……! そう叫べば「慢心せずして何が王か」と逆に哄笑されるのがこの旅の理であった。
 だが、それでも今回ばかりは問わねばならない。シートベルトをぎゅっと握って、運転中の彼を宿敵のように睨みつける。
「あなたがもったいぶらなければ、助かった命があったじゃない」
 スピナーに乗り込む寸前、デッカードが言っていた。「J‐007らしきレプリカントにより、タイレル社で多くの死傷者が出ている」と。……確かに、私はこの世界の正義の為ではなく私自身の為にこの事件と関わることを決めた。けれど、私の都合で不要に傷ついたり、ましてや死んでしまったりする人々が出てくるだなんて──そんなこと、あっていい筈がない。

「……そうさな」

 一呼吸置いた後、あくまで運転する方向からは視線を逸らさぬままギルガメッシュは私に同意した。

「これは我だけの慢心だ。故に、貴様が背負う必要はない」

 沈黙の満ちる車内に微かに遠雷の音が響く。雨足も急速に強まっている。どうやら嵐が来ているようだった。──そう、静かに呟くギルガメッシュの声音には珍しく、反省の色が見える。

「……ううん。サーヴァントの間違いはマスターの間違いでもある」

 ギルガメッシュから視線を逸らし、私は首を振る。確かに、全てを予測しながら動かなかったのはギルガメッシュだ。けれど、彼を動かすことができなかったのは私だ。彼という最強の武器を手にしながら、私はこの最悪の事態を防ぐことができなかった。……それは、彼だけに被せていい責任ではない。

「だからもう間違いたくない。教えて。……どうしてJ‐007はタイレル社に?」

 ワイパーが間に合わない程に叩きつける雨粒の隙間からタイレル社が見えてきた。ハンドルを切りながらギルガメッシュは再び口を開く。

「無論あの男──レプリカントの王に会うためだ」
「死ぬ運命を変えるって、……じゃあまさか」
「彼奴はこう考えているだろう。『父に自分達の寿命を延ばしてほしい』と」

 タイレル社のピラミッドに似たビルが段々と近づいてくる。ギルガメッシュが言葉を切った瞬間、隣で並走するデッカードから通信が入った。

『ギルガメッシュさん、ハクノ。これからタイレル社の屋上駐車場に乗り付けます。J‐007は最上階を目指しているようです。つまり、目的は社長室です。スピナーから降車後は僕の指示に従ってください』
「いいだろう」

 用件だけ伝えてデッカードは通信を切った。再び車内に満ちかけた沈黙を私は破る。

「でも……社長は彼等は四年しかもたないって言ってたよね」
「そうだ。彼奴等の信じる明日はない。それがレプリカントであるJ‐007とK‐404に待つ運命だ」

 ギルガメッシュの無慈悲な、しかし真っ当な回答に私は唇を噛む。……それが、定め。叶えられない願いに手を伸ばす彼等の行き着く果て。ああ、だけど──私だって本当はそうだった。死にたくないと声を上げ、聖杯戦争に参加することになったにもかかわらず、聖杯に接続すれば不正なデータとして消える運命だったのだから。

「……ねえ、ギルガメッシュ」
「何だ」
「私を連れ出してくれてありがとう」

 一瞬だけギルガメッシュは正面から私へ視線をずらす。その瞳孔が少しだけ開いていたことを──私はきっと宝物みたいに大事に覚えていくのだろう。あなたの全てを見通すルビーの宝石は、確かに私をみとめたのだと。

「……今更何を言っている。タイレル社までもう間もない。疾く乗りつけるぞ」

 いつになく早口で言い捨てたギルガメッシュから顔を背け、一人口元を押さえる。ずぶ濡れの助手席の窓越しに、航空障害灯の点滅するタイレル社の屋上駐車場が見えていた。

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