ダチュラの偶像 - 4/5

 そんな夢を見た。
 そうであれば、どんなによかっただろう。

 目を醒ました時、その場で意識があったのは俺だけだった。他の教団員達は皆まだ眠っている。……いや、息をしているかどうかは怪しい。あまりの快楽に耐えきれず、電脳体が焼き切れた可能性がある。そろり、と身を起こすと「気がつかれましたね」とあくまで優しく柔らかな──天上の楽器が奏でたような声が俺の背を撫でた。

「……キアラ様……」
「再び、愉しんでいただけましたか?」

 くすり、と。あくまで嫋やかな様子で彼女は微笑んでいる。先程までの、はしたなく全てを求める女の影はない。──隠しているわけではなく。ただ、そういう女というだけ。最早、人からは逸脱しているというだけ。
 俺には届く筈もなかったというだけ。

「……今までずっと、勘違いをしていました」

 あんなにこの手で掴んだと思った甘美が、随喜が、砂のようにさらさらと零れ落ちていく。ゆらり、と俺は立ち上がる。
 棚の上には綺麗な季節の花が飾ってある。誰かが活けていた途中だったのか、花鋏が置きっ放しだ。

「俺は、あなたと同じ景色が見たかった。いや、見ていたと思っていた。だから万色悠滞で……あなたと一つになれて。永遠にこのままでいたいと思った。
 なのに、現実はこうだ。俺は、あいつらと同じだった……! あなたと一つになっただなんて間違いだった! これじゃあ俺は……あなたのただの養分だ……!!」
「──ああ。あなたは、本当に」

 俺の渾身の魂からの叫びに眉を顰め、困ったと言いたげにキアラは口を窄める。そのまま少し言い澱んだ後、彼女は──

「私は一切の衆生を救う。そこに貴賤はなく、あなたもまた然り。──私の掌の上の海で溺れてくださった一人に過ぎませんわ」

 そう、真実を口にした。

「あ、あ、あ゛あ゛あ゛……!!」

 そこから、ぷつんと糸が切れてしまったことだけわかった。
 あとは、ただ俺から乖離した理性が事を見守るばかりだ。

 正気を失った俺は、手近にあった花鋏を持って彼女に襲い掛かる。無論、彼女は詠天流の武術の使い手だ。だが、至近距離且つ不意打ちだった分反応が遅れたのか──それとも、わざと避けようとしなかったのか。為す術なく俺の手にかかった。

 彼女の首を花鋏が掻き切る。血液が飛沫を上げる。咽喉をやられたからか、キアラは悲鳴すら上げられなかった。

 そのまま彼女が崩れ折れるのを、俺は息を荒げて見下ろしていた。彼女の身体が痙攣している。こうして命が奪われていく様子を見れば、彼女もただの人間と変わらない。ああ、そうだ。天上の花と言ったって、剪定されたならただの花だろう!

 はくはくと彼女の唇が動き、何か声を上げようとしているのが見える。俺は、彼女に跪き頭を垂れて、彼女の顔をただ見つめる。

 ……あなた、なにも、わかっていらっしゃらない。

 唇を見ていると、そう動いた気がした。だから、もう一度茎を切った。
 摘み取られた花が赤く染まる。ダチュラ──曼陀羅華だった彼女が、曼珠沙華に変じてゆく。
 曼珠沙華。純白の、見る者の悪業を祓うと言う天上の花。……俺達の故郷のあった場所では彼岸花リコリスという名で、どういうわけかそれは鮮やかな血の色をしているのだと。そう、あの時彼女が言っていた。

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