ダチュラの偶像 - 5/5

 官憲を志したのは、あの人を捜す為だった。下の名しか知らぬ、ある日忽然と消えてしまったあの人といつか巡り会う為、最も可能性が高いのは──そう、幼いながらに考えた職業がそれだったから。

 そうして就職した後、彼女が世界的に有名なセラピストになったことを知った。会いに行こうと、ずっと何度も考えた。けれどその度に、ちっぽけなプライドがいつも邪魔をした。きっともう、あの人は私のことを覚えていない。私を救うと言いながら、私の前から消えてしまったのだもの。

 それでも──どうしても諦められなかった。私の願いがこれで合っているのかはわからない。わからないけれど、あの人はこうして私に前に進むきっかけをくれたのだ。だから──私が私としてもっと自信をつけた時に。きっと会いに行こう。

 そう思っていたのに。まさか、再会がこんな形になるなんて。

「殺生院キアラさん、いますか。殺生院さん」

 ゴンゴン、と上司の無遠慮なノックが響いて頭が痛い。私は何も文句を言うことができない。
 ──何の因果か。上司等に付き従い、私は彼女を逮捕しに来ている。

「返事がないな」
「……合鍵を、使うべきでしょうか」
「そうだな。殺生院さん、入りますよ」

 そうして、私が持っていた合鍵を手渡しすると上司は何の感慨もなくそれを受け取る。私達警察関係者等の背後で、おろおろと信者達が囁き合っている。キアラ様は大丈夫だろうか。テストはうまくいったのか。……この耳は雑音ばかりを拾ってしまう。
 彼女が開発途中であったという医療ソフト、万色悠滞。このソフトの危険性を鑑みた西欧財閥により、彼女は今日世界的に指名手配されてしまった。

「殺生院さん?」

 そうして押し入った先の部屋には、おぞましい光景が広がっていた。
 十数人の信徒たちが、眠ったように息を引き取っている。皆一様に幸せそうにして。その奥に──真紅の。人間の血液が。べったりと、白い壁を染め上げて──殺生院キアラは、床に倒れ臥していた。

 死んでいる。殺生院キアラが、死んでいる。

 それを見た瞬間、私の心が丸ごと叩き落とされて、粉々に割れた音がした。私の生きる目的。願い。その価値を問う意味を、私はたった今失った。
 なのに。彼女に覆い被さっている青年が。……震えて、いる。思い詰めた様子で。花鋏を握りしめながら。
 あの男だけが生きている。

「キアラ様! キアラ様が亡くなられた……!」
「何てこと──テストは失敗だわ、キアラ様は──」
「まさか、あいつ、殺生院を……」

 信徒達の悲鳴も上司の独白も耳に入らぬまま、私は腰に下げた拳銃を手に取っていた。私の様子に気がついた上司を突き飛ばして、私は銃を構える。

「あなた……よくも、お姉さまを……!!」

 そして、躊躇いなく引き金を引いた。青年は避ける素振りも見せなかった。ぱん、という無機質な発砲音が耳を突いて彼の頭を弾丸が貫く。痙攣ののち、男は力尽き彼女に折り重なるようにして倒れた。
 私と上司数名以外、この部屋に生きたものはいなくなった。

「な……にを、何をやっているんだお前!」
「あは……あはは……」

 そうして、私もまた膝から崩れ落ちる。壊れた自動人形のように、笑いが止まらない。私の願いは。私の見た光は、潰えた。私はまたあなたを見失った。
 ──お姉さま。私は、今まで何の為に生きてきたのでしょう。あなたに惹かれ、あなたに出会うためにここまで来たというのに。私は、私は、私はどうすれば──

「教えて、お姉さま……」

 錯乱した私を一斉に取り押さえようとする彼等に銃を向けて発砲する。肩やら脚やらを撃たれてもんどりうった彼から視線を外し、私は何とかお姉さまの下へにじり寄る。……ああ、変わらない。昔図書館で逢瀬を重ねたあなたと、何も。それどころか、鮮やかな血を流して横たわる彼女の死に顔は一層うつくしく思えて──まだ息絶えて間もないのか、どうしても死んでいるようには思えなかった。

「お姉さま。私も今、行きます」

 自らに言い聞かせるようにして呟き、私はこめかみに銃口を向ける。──その言葉に返事をするように最後に聞こえたのは、耳元で鳴る味気のない銃声だけだった。

 
 

 そして誰もいなくなった。
 殺生院キアラも。その女を語る人間共も。

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