Ⅴ 俺達に天国はない - 2/5

送られてきたデータ通り、その青年はメインストリートから離れた路地裏の軒下に屯していた。僕の持っていた傘が自分に影を落としたことに気がついて、彼はふとこちらへ顔を上げた。

「こんにちは」
「おお? おたく、何だか随分と場違いだけど。一体どちらさま?」
「ブレードランナー、と言えばわかるでしょう」

そうして身分証をコートのポケットから取り出して見せると、「こりゃ物騒だ」と呟いて片方の眉を上げる。そのくせ何かを怖れる様子はないまま、青年はニヤリと不敵に笑った。

「用件は? 薬の取り締まりじゃあなさそうだな」
「お話はあなたが売った薬に関してですけれど」

試しに探りを入れてみると、青年は大袈裟に肩を竦めてみせる。

「一応言っておくが、オレはお縄につくようなことはやってないですよ? 都市警察には何度かお世話になってるからお天道様には顔向けできないが、ま、日の射さなくなったここじゃ関係ねえ話だ」
「いえ、あなたのことを逮捕しようとしているわけではありません。あなたが所持し販売していた人工蛇の粉末の鎮痛剤──僕は、これを買った男を捜しているのです」

そうして情報をちらつかせると、合点がいったとでも言うように目を見開いた後、再び青年はにやにや笑いを浮かべる。──ビンゴ。彼女の推理はどうやら正しかったようだ。

「なるほどな。金次第で幾らでも教えてやるよ。……しっかしアイツ、思ったより足つくの早かったなー。アンタみたいなガードナーが追って来るのはもうちっと後かと思ってたぜ」
「彼の協力者、というわけではないのですね」
「違う違う、俺はただの薬売りで情報屋。どこのどいつだろうと金を貰えりゃ薬でも情報でも何でも引き渡す、そんだけ。シンプルイズベストってやつ。ただ、客の管理はしておきたいからな。ある程度アイツには探りを入れていたが──そうか。アンタが来たってことは、そういうことか」

そこまでべらべらと喋り倒した後、腹の底の見えない笑みを張り付けたままだった青年がふっと遠い目をした。

「アイツらに明日は来ない。でも、俺達にも果たして明日なんてあるんですかねえ」
「……どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味。アイツとオレに大した差なんてなさそうだと思っただけ」

そう呟いた後、青年は「こんなことブレードランナーのアンタに言ったところで意味ねえよなあ!」と一頻り大笑いする。その笑い声を背景にして、僕は懐にしまっておいた紙幣を取り出し始める。

人間とレプリカントの差。……それを、僕が問い始めてはいけない。ブレードランナーとして守るべきはこの世界の秩序だ。レプリカントは人間の労働力。そう定められている以上、彼等は人間に抗ってはならない。

「僕達には魂があるでしょう」

彼に示された金額を渡しながら僕は笑う。我ながら隙のない笑みだと思った。子どもの頃から他人をどう動かせばいいかは知っていた。僕はあのレプリカントの城で王位に就く為に生まれてきたのだから、そこに疑念を抱く余地などない。

……けれど、あの時の衝動は今も僕を追いかけてくる。

(人間を踏み台にして造られた彼等に、果たして魂は宿るのか)

この衝動に苛まれる限り、僕は完全な王にはなれまい。だからこそ──僕はきっと知らねばならない。僕が治めるべき民の、その行く末を。

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