Ⅴ 俺達に天国はない - 3/5

スピナーを操作中のギルガメッシュから教わった銃の使い方を反芻しながら、私は何も見えない雨粒の窓の外とモニターとを交互に眺める。私が与えられた銃はスタンダードなピストルらしく、既に弾は装填済みのようだ。

「貴様には過ぎた武器であろうな」
「まあね。訓練を受けてない私が狙ったとこに当てられるわけないもの」
「それどころか逆にJ‐007に銃を奪われて撃たれる可能性すらある」
「それは怖いな。……でも、ギルガメッシュ以上に過ぎた武器なんてないでしょ」

そう切り返してやると、不敵に唇を吊り上げてギルガメッシュはアクセルを踏む。

「──よくわかっているではないか、マスター」

そうだ。ギルガメッシュこそが私の最大の武器。無論、お互い主と従に縛られず対等であるという誓いは立てた。けれど──うん。つまるところ、私達のこの名状しがたい関係性を正確に説明するとしたら、マスターとサーヴァント以外にあり得ないと思うのだ。

だから私は彼を信じている。J‐007の刃は私に届かない。ギルガメッシュが必ず食い止めてくれる。私は彼を通してJ‐007と戦い、彼を──彼等の願いを知るのだ。

「では、銃はスピナーに置いておくか?」
「……ううん。これはけじめとして持っておく。使うことは、あなたがいる限りないと思うけど」
「そうか」

それならそれでいい、と言うようにギルガメッシュは私の決意に頷いた。

──瞬間。スピナーから警告音が鳴り響く。驚いて肩をびくりと震わせながらモニターを覗き込むと、J‐007を示す群青色の光が点滅し停止している。

「な……何これ!?」
「彼奴め、スピナーから降りたのか」

ギルガメッシュは嘆息した後、片手で器用にモニターをタップする。すると、今まで平面だった地図が突然立体映像モデルとなり表示される。こんな機能もあったのか、と感心していると、「面白い」と一言つぶやいてギルガメッシュはより強くアクセルを踏み直した。

「どういうこと?」
「J‐007がスピナーを棄てたのは廃墟の群れの手前のようだ。警察車両を盗んだのだからな、自らが追跡されていることは彼奴も理解しているはずだ。追っ手である我等をここで排除し、行方を眩ます算段であろう」

ギルガメッシュの解説になるほど一理ある、と頷いてしまう。このまま追いかけっこを続けるのは確かに不毛だ。あのスピナーのメーターがどうなっているかはわからないが、ガソリンも有限である。それこそガス欠になって私達に追い付かれては意味がない。

「……決着をつけよう」
「無論だ」

そうして私達は、嵐の中のこの都市を──段々と近づいてくる廃墟のビル群を共に見据えた。

暫くして、ナビの示した通りJ‐007の──元はと言えば私達の、だが──スピナーが、廃墟のビルの屋上に停車しているのを肉眼で確認する。おそらくギルガメッシュの眼はとっくに捕捉していたのだろうけれど。私達は少し離れたところにこのスピナーを停めることにした。車から降りるところを不意打ちされたらたまったものではない。

二つ離れた島のビルの屋上に着陸し、ギルガメッシュがエンジンを切る。同時に出るのは危険と判断し、まず彼が外に出ることにした。

周囲を見回しながら彼が助手席側に回り込む。私も手元の銃をしっかりと持ち直し、彼の目配せ通りに身構えた。ギルガメッシュが窓を軽く叩いて合図をする。──いよいよだ、と深呼吸して私はドアを開けた。

外は豪雨だ。レインコートを羽織っていたところですぐにずぶ濡れになる。けれどそれを気にしていられる状況でもない。

「見える?」
「いいや。どこかに身を潜めているらしい」
「……なら」
「ああ。跳ぶぞ白野。掴まれ」

ギルガメッシュの言う通り、彼の大きな体躯を正面からよじ登るようにジャンプする。そのまま一息で抱き上げられ、彼は走り始めた。

この世界でサーヴァントとしての権能を発揮すること──たとえば宝具の使用はほぼ不可能だが、それでも初めの検査で測定された通り人間離れした身体能力はそのままだ。私を軽々と抱えたまま、彼は雨の廃墟を疾走し次々と屋上という屋上を飛び越えていく。

「どう!?」
「一瞬だが影が揺れた!」

舌を噛まないよう注意しながらも短く問うと、ちょうどタイミングがよかったのか彼の疾走の向きが切り替わる。向かい側のビルへ飛び移った後、ギルガメッシュは屋上の出入り口まで駆けて私を地へと降ろす。

「ついてこい。だが無理はするなよ」
「わかってる」
「我が彼奴と出くわしたら身を隠しながら屋上へ戻れ。奴との対話はこちらの有利な場所で、だ。ここでは財を射出するにも狭くてかなわん」

出入り口の軒先でギルガメッシュとこれからどうするか作戦を立てながら、レインコートで守っていた銃のスライドを引く。ギルガメッシュもまた懐に入れていた銃のスライドを引いて、安全装置を下ろした。

先行してビルの中に入り、狭い階段を下りていくギルガメッシュの後ろについて私も前へ進む。水気を含んだ髪の毛を絞って、息を殺しながら角を曲がる。

「!」

その時、銃声がパンと鼓膜を鋭く叩く。咄嗟に後ろに身を引いた。痛みはない。目の前に血飛沫も舞っていない。ギルガメッシュは反対に前身を屈めることで銃を躱したようだ。

「躾のなっていない犬め」

ギルガメッシュの背後に身を隠しながら、私達は廊下に立つ彼──J‐007と対面する。

黒いファーコートを纏ったJ‐007はますます彼に似ている。……ただの他人の空似であることはわかっていた。けれどそれでも、いやだからこそ、私はJ‐007と決着をつけたいのだ。

「──お前達はそうやっていつも俺達を認めない」

J‐007はそう言って髪をかき上げて、私達へ銃を向け直す。……彼の顔は今にも倒れそうな程真っ青で、本当に戦えるのかこちらが不安になる。これも彼の身体のリミットが近いせいなのだろうか。先程デッカードの銃弾が掠めた腕は止血されているようだが、その意味がなくなるほど強く掻きむしっているのが見える。

「痛覚すら曖昧か。その危うい身体で本気で我等と戦うと?」
「当たり前だ。俺達は生きる。それを邪魔する奴等は許さない」

その返答を聞いて多分ギルガメッシュはにたりと口元を吊り上げた。背後からは見えないけれど、今の答えを彼は好むだろう。……それに、彼の言葉はこちらが推測していた通りのものだった。

J‐007はギルガメッシュを通して私を睥睨する。──思い違いでは、おそらくない。彼は戦闘能力のあるギルガメッシュだけではなく、私のことも排除する対象として認識している。背筋がぞわりと粟立っていくのを堪え、私は唇を噛み締める。

あなたには願いがある。だけど──それでも戦うことに変わりはない。だって、私にも譲れない思いがあるのだから。

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