Ⅱ アッ=サフラー=ル=クブラー - 2/5

「地球が滅びる……?」

 ギルガメッシュの突拍子もない言葉に狼狽しながらも、私は一年前のラニの告げた言葉を思い出していた。あの時感じた漠然とした恐怖が、冷たい確信に変わっていく。

「貴様等も襲われておったであろう。あの獣らはこの星を侵略せんとする者より送られた尖兵だ。もっとも、素材に使われているのはこの地球の生命だがな」
「生命の構造を突然変異させる……ある程度見当はついていましたが、まさかそれが外宇宙からの攻撃だったとは」
「敵は宇宙人ってこと?」

 思ったことをそのまま口にすると、何だか陳腐なSF小説みたいな響きになってしまった。急に恥ずかしくなる気持ちを抑えてギルガメッシュを見遣ると、「ま、貴様に期待すべき理解力はその程度よな」と鼻で笑われた。……言い返せないのがちょっと悔しい。

捕食遊星ヴェルバー。一万四千年周期で銀河系に現れ、通過する星々の文明を破壊していく収穫の星ハーヴェストスター。それがもうすぐこの地球に再接近する」
「ヴェルバー……?」

 ギルガメッシュの口にした言葉を反芻するラニに思わず視線をとられる。……ヴェルバー、収穫の星。初めて知った言葉だけれど、私が物を知らないのは今に始まったことではない。けれど私だけでなくラニまで不思議そうな顔をしているだなんて。ヴェルバーという星は現在の人類にとって全くの未知の存在、ということなのだろうか?

「無理もない話だ。ヴェルバーについてのデータは地上に殆ど残されてはおらん。故に我が直々に語り聞かせよう。頭を垂れ感涙に咽べ」

 そう勿体をつけながら、ギルガメッシュは尊大な素振りで顎を撫でた。
 ヴェルバーは通過するあらゆる星の文明を収穫する。無論、地球も例外ではない。既に一万四千年前の地球には一度ヴェルバーが襲来している。
 地球を侵略する手段として、ヴェルバーはまずムーンセルに狙いをつけ、星舟と呼ばれるコックピットを打ち込んだ。星舟に搭載されていた遊星の尖兵アンチセルはムーンセルの持つデータの殆どを破壊したばかりか、その機能の一部を掌握し、地球に己の分身を顕現させた。その白い巨人、所謂セファールによって地上の先史文明は悉く破壊されてしまったのだという。
 月はこの再び近付いている未曽有の危機への対抗策として、まず中枢を自閉状態にした。加えて、敵であるヴェルバーと戦う為の機能──ムーンセルの権能を用いることのできる指環を用意し、信頼の置ける者に託した。それがレガリアだ。マナの枯渇した地上において私がギルガメッシュを召喚できたのは、このレガリアを彼が持っていたかららしい。

「……なるほど」

 呟きつつ、眉がひどく凝り固まっているのを自分でも感じる。もっと色々と難しい話をギルガメッシュとラニがしていた気もするが、私の脳のスペックで理解できたのはこれだけだ。だって正直スケールが大きすぎる。宇宙からのインベイダーが現実に存在することも、その侵略方法が巨人という尖兵を使った都市文明の破壊であるということだって。

「二年前のように……魔術師をムーンセルに招聘しサーヴァントを召喚させるのではなく、あなたというサーヴァントが地上にやってきたのは、ムーンセルがその在り方を変えたからですか」

 そう問うラニは随分と神妙な面持ちだ。そんな彼女の心をはかるような眼差しで「そうだ」とギルガメッシュは返答する。

「加えてムーンセルめ、少々の誤算があったようでな。システム技師とやらが突如としてヴェルバー側に寝返ったらしい。技師によって座──味気なく語るとするならばそうさな、ムーンセルが持ち得る英霊のデータか。その殆どにロックがかけられてしまった」
「……合点がいきました。だからあなたが召喚されたのですね。月の表側にいた技師は、裏側の虚数空間に封印されていたあなたを見逃した……」

 何やら納得している様子のラニの言葉を否定するでも肯定するでもなく、ギルガメッシュは腕を組む。月の裏側というのはよくわからないが、この人が封印されていたらしいというのは何となく理解できる。だってこんな規格外な英霊、聖杯戦争で呼べてしまえば即勝ち抜けてしまいそうだ。……まあ、実際に信頼関係を築くのは相当難しそうだけど。

「納得いったか?」

 私達に返答を促すギルガメッシュに、ラニは首を縦に振る。だけど──私は何となくそうする気になれないまま彼をじっと見上げた。……やっぱり、よく見なくてもこの人、怖い。さっきは何が何だかわからないままに助けてくれと手を伸ばしたものの、正気に戻った今は手を伸ばす前に畏れが先走る。何が怖いのか、と訊かれるとよくわからないけど──きっとこの人の本質は、ただ私に手を貸してくれるだけのいい人というわけではない。

「……訊きたいことがあります」
「ほう? 申せ」
「どうして私をマスターにしたの?」

 知りたいことは他にも山程あったが、話を聞いている中で一番疑問に思ったのはそれだ。レガリアというものすごい切り札を持っているギルガメッシュなら、マスターにする人間を自由自在に選ぶこともできたのではないだろうか? こんなへっぽこ魔術師見習いの私ではなく、様々な意味で優れたラニを選んでおけばもっと事がスムーズに運ぶ気がする。
 そう問うた後、ギルガメッシュの顔からニヤニヤ笑いが一瞬消える。……気がつくと少し背筋が伸びていた。だけど、彼の眼差しの温度は決して低くはない。

「ただの気まぐれよ」

 そうしてギルガメッシュが身を翻すと、彼の姿が金色の砂となりあっという間に溶けていった。驚いていると、ラニが「霊体化しただけですよ」とすかさず補足してくれる。目の前の現象に不思議な気分になりつつも、私は彼の消えた先にある窓に浮かんだ月から目が離せなかった。

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