レオとの対面から半日、西欧財閥の大使館から出発して三時間以上が経った。財閥所有の統合軽戦術車両、所謂JRTVを与えられた私達は、レオが乗る軍用車に先導されながらタッシリ=ナジェールへと出発していた。このペースでいけばあと三十分もしない内に目的地である山脈の麓には到着する見込みだ。私達のJRTVの後ろにはこれまた多くの軍用車、戦車が追従している。西欧財閥の本拠地があるバチカンからも、空を経由して対巨人軍が北アフリカを目指しているらしい。
定員四名のこの車両に乗り合わせているのは私とラニとギルガメッシュの三人だけだ。初めはレオが専用の運転手をつけようとしてくれたのだが、ギルガメッシュが自ら運転すると言って聞かなかったので提案はなかったことになった。故に驚くべきことに今このJRTVを運転しているのはギルガメッシュ本人である。黄金の甲冑は流石に運転に不向きであったため、彼はレオから何やら新しい服を用意してもらっていた。フード付きのラフな黒いTシャツにブラウンのコンバットパンツ──揃いのジャケットも支給されているようだが、既に脱いでいる──を着た彼は、少なくともあの甲冑姿より多少は現代に馴染んでいるように見える。「我の蔵には斯様なみすぼらしい戦闘服とは比べ物にならぬ程ゴージャスかつデラックスな勝負服があるのだがな、ここは貴様等の流儀に合わせてやろうではないか」なんて言っているが、彼の表情に不機嫌そうなニュアンスは見受けられない。満更でもないようだ。結構新しい物好きなのだろうか?
獅子の鬣のようだった髪を下ろして少し幼げな顔立ちの彼に新鮮味を感じつつ、私は何もすることがないまま彼の隣に座っている。既にダメージから回復したラニは、後部座席で端末と触媒として提供してもらった鉱石相手に集中演算中だ。対巨人戦用の防御壁を構築しているらしい。二人共暫くの間言葉を発していない。特にラニには仕事に専念してもらいたいので、彼女がいいと言うまでは話しかけない方がいいだろう。
配給されたレーションを口に運びながら、私はハンドルを握るギルガメッシュをちらりと見上げた。詳しくは知らないが、今からずっと遠い過去に生きていた王様が何故現代の車、それも軍用車両なんかを運転できるのだろう。素朴な疑問を投げかけたところで、「はっ、我が我であるからには当然よ」などと返答されそうな気もするが。
「いい加減飽きたか?」
進行方向から視線を逸らさずにそう言ってのけるギルガメッシュは第三の眼でも持っているのか。……いや、実際彼の千里眼とはそういうものなのかも知れないが。「そんなつもりはなかったんだけど」と自分の頬を抓ると、「直接見ずともその視線の熱で理解できよう」と意地悪に口元を吊り上げた。
「飽きたも何も、この状況にそんなこと言ってられないよ。たまたま西欧財閥の協力は得られたけど、肝心のセファールとはまだ対面してもいないんだし。ただ……」
「ただ、何だ」
「……改めて、私には何ができるのかなって思いはする」
彼に促されて、自分の中で特に言語化していなかった曖昧な気持ちが具体的に表出する。ギルガメッシュはサーヴァントなので比較対象外だが、ラニは別格だ。先まで倒れていたというのにもう復活して巨人対策に集中している彼女に対し、私はただレーションを食べて英気を養っているだけ。その状況に何とも言えない歯痒さは感じる。
獣の群れとの戦いでも、私がもっと色んな魔術が使えるウィザードだったら、ラニを護りながらギルガメッシュを使わずに事を収めることができたかも知れない。私は彼女に助けられてここにいる。だけど、いつまでも助けられっぱなしは嫌だ。私はラニと共に生きると決めた。なら、彼女に手を引かれてではなく──彼女と並び立って同じ景色を見たいのだ。
「貴様は己に与えられた役割を見誤っている」
俯きがちに膝の上で掌を組み握りしめ、悶々と自分について考えていると、唐突にギルガメッシュの声が私の肩の力を抜く。ふと顔を上げると、彼は笑うでも貶すでもない静かな目を相変わらず進行方向へ向けているままだった。
「岸波白野。貴様はしがない凡夫だ。秀でた才も数奇な運命も持たぬ一人の人間、それが貴様だ。今こうして地球存亡の危機に関わっていることすら特別なことではない。
だが──様々な偶然が重なったとはいえ、貴様は我を召喚せしめ、我に助けを求めた。英雄王ギルガメッシュという人類最強の武器を手に入れたのだ」
朗々と語る彼の横顔を見上げながら、私はレオと対面する前の彼と出会った時のことを回想する。あの時も彼は王としての尊大な態度を崩さないまま、自身を私の武器だと口にしていた。そこにはきっと意味がある筈だ。たとえば……希望的観測だが、この発言が彼が私との関係をマスターとサーヴァントとして定義してくれている証、とか。もしそうだとしたら、彼は私のことを信用してくれているのだろうか。私は彼を信用できないと言ったにも関わらず?
「どれ程非力であろうとも、今の我のマスターは貴様だ。我という武器を持ちながら鞘に収めたままにするか。がむしゃらに振るい、目の前の脅威を打ち払うか。いずれにせよ選択肢は貴様に委ねられているが──ま、前者を選ぶというのであれば即刻我は貴様を見限っていよう」
……つまりそれは、「岸波白野はただの岸波白野のままでいい。英雄王ギルガメッシュのマスターは他でもない貴様なのだから、宝ならぬ武器の持ち腐れはするなよ」ということ?
彼は私を突き放すように己の言葉を締め括ったが、何だか少しわざとらしく聞こえてしまった。まるで私が必ず後者を選ぶことをわかっていて言ったような、そんな気がしたから。
「もちろん……あなたが私だけに与えられた武器なら全力で使わせてもらう、けど」
戸惑いながらも私は背筋を伸ばして彼に頷く。「けど、とは何だ」ふん、と意味深長な笑みを浮かべる彼は、こんな私の心の中身も全部お見通しなのだろうか。
「……あなたは何を知っているの?」
「何が言いたい。この期に及んで我を疑うか?」
「そうじゃない。けど……ギルガメッシュは、何かを隠している気がするから」
そう告げると、やっと彼の視線がこちらへ向けられた。と言ってもそれは一瞬のことで、すぐに前方の硝子の窓へと戻ってしまったけど──突然彼がははは、と笑い出す。初めは噛み締めるように小刻みに、途中から堪え切れなくなったように腹の底から彼は笑い声を上げた。その様子が唐突過ぎて、私はますます混乱に陥った。
ギルガメッシュに敵意があるわけじゃない。私とラニ、そして西欧財閥を以てしてもどうにもならない可能性が高い巨人討伐も、彼がいてくれるなら安心だ。彼の方もどういうわけか私を信用してくれている。ギルガメッシュはとんでもなく怖い人ではあるけれど、わざわざ私という弱者に手を貸しておきながら、それを裏切って人類滅亡を見逃すような人ではないと思う。
私がわからないと思ったのはその真意だ。彼みたいな傲岸不遜な王様がこんな短期間で私に剣を預けてくれるなんて、本当はあり得ない話のような気がする。だから何か彼にも訳があるのかと思っただけ。だけどここまで笑われるとは思ってもみなかった。
「……そんなに変なこと訊いたかなあ、私」
「首を差し出すことも厭わぬその知的欲求、止めはせんが程々にしておかねば命が幾等あっても足りぬぞ」
「じ、自分の感想を言っただけだもん。……確かにちょっと失礼だったかも知れないけど」
「ふん。だが応えたところで貴様のような凡夫にはわからぬ話だ。然るに先にも告げたであろう。我という最強の駒を見事に動かしてみせた時、望む安寧は訪れようと。精々我をどう扱うか知恵を絞るのだな」
ギルガメッシュは笑ってハンドルを切る。自分から本当のことを喋る気はないらしい。……予想していなかったわけではないが、気にかかるものは気にかかる。その内わかる時が来るだろうか。彼から視線を離して日の落ちた窓の外を眺めると、背後から静かに声がかかる。
「──錬成終了。お二人とも、お待たせしました」
「あ、ラニ。お疲れ様。ごめんね、ギルガメッシュの声うるさくなかった?」
「おい、我の声をうるさいとは何だ」
「構いません。お気遣いありがとうございます。ところで私もレーションをいただいても?」
ギルガメッシュの不機嫌な声を颯爽と遮っていくラニに手元のレーションを渡すと、それと交換で彼女謹製のICチップを受け取る。端末に挿入すれば魔術回路を起動させ、命令を下すだけで防御壁の展開ができる。私のようなへっぽこでもどうにか戦えるようにしてくれるラニの錬金術は本当にすごいと思う。
だが。ラニから貰った銃弾を銃身に籠め終わった瞬間、私達は異様な光景を目の当たりにした。
強い風に煽られて車体が大きく揺れる。受け身が取れず思わず体を縮こませると、横から腕が伸びてきて私の体を庇ってくれる。それがギルガメッシュのものであることに数秒遅れて気がついたけれど、礼を言う間も無く前方の光景に私は言葉を失った。
──拡がる山脈の向こう。目的地であるタッシリ=ナジェール付近から、異様な三色の光の柱が上がっていたのだ。
「あれは……⁉」
ラニもまた酷く驚いた様子で小さく声を上げる。だが十秒も経たない内に、光の柱は天を貫いて消失した。程なくして風も収まり、私を押さえていたギルガメッシュの腕が放される。それと同時に、車内にはけたたましいコール音が鳴り響いた。今まで地図が映し出されていたハンドル横のモニターにはレオからの通信が表示されている。……嫌な予感がする。通話ボタンをタップすると、スピーカーから雑音混じりにレオの緊迫した声が聞こえてきた。
『皆さん、無事ですか⁉ たった今財閥アルジェリア支部からの連絡がありました。現在地より三十キロメートル先──つまり僕達が目指していたタッシリ=ナジェール山脈付近にて巨大生物の大量発生及び未確認生命体の発生を確認。ギルガメッシュさん、これは──』
「来おったな」
レオからの通達に彼はぎらりと抜き身の刃の笑みを浮かべた。その反応に思わず背筋が伸びる。そうでもしないと、彼の纏った空気に呑まれてしまいそうな気がして。
「少年王よ。ここいらで我等は戦列より離脱する」
『先程お話しされていた策の実行、ですか』
「なに、予定が早まっただけだ。機はとうに熟した。貴様等は予定通り合流地点へ向かえ」
『──わかりました。どうかご武運を。僕達は巨大生物の討伐に当たります』
通信が途切れたと同時にギルガメッシュはハンドルを回し、宣言通り隊列から離脱する。スピードが落とされる私達のJRTVを横目に後続の軍用車両達が砂の上に轍を残しながら過ぎ去っていく。手近な場所に車を止めたギルガメッシュがエンジンを切るのを見て、私は急いでシートベルトを外した。……始まるのだ、戦いが。どっと心臓から血が噴き出すような感覚を得ながらごくりと唾を呑む。
三人ともが車両から降りると、それを見計らったようにギルガメッシュの姿が黄金の砂に包まれる。彼の出で立ちは瞬きの内に陸軍仕様からいつもの黄金の鎧へと変化していた。「準備はいいな」と腕を組む彼に私とラニは首を縦に振った。
「その意気やよし。だが、ここからが貴様等の胆力の見せ所だ。真に生存を望むのであれば──己が役目を見失うなよ」
そう言ったギルガメッシュの傍に一際大きな黄金の孔が開く。そこから出て来たのは、黄金とエメラルドで彩られた先鋭的なデザインの──飛行機、らしきものだった。
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