Ⅱ アッ=サフラー=ル=クブラー - 4/5

 私達が連行されたのはこの国の政府機関内に築かれた西欧財閥の居城だった。アフリカ大陸に似つかわしくないギリシア風建築のそれに居心地の悪さを覚えながら、私はせめて未だ気を失っているラニを寝かせられる場所を用意するよう彼等に嘆願した。それが功を奏したか、私達が通された広間には簡易ベッドが用意されていた。「ここで待て」という命令に渋々頷き、私はラニをそこに横たえた。

「ぅ……す、みませ……」

 呻きと共にラニが幾度か瞬きを繰り返して、「無理はしないで」と焦って返してしまう。彼女が意識を取り戻してくれて本当によかった。張り詰めていた緊張を未だ解くべきでない状況下にあることはわかっているけれど、今はただ胸を撫で下ろし近くのソファに腰掛ける。

「厄介事に巻き込まれたようではないか」

 傍らで仁王立ちしているギルガメッシュの悪辣な笑みを見上げて、ついた息が安堵から一気に疲労の色へと変わる。……自分のマスターが絶体絶命の危機に陥っているというのに、どうしてこの王様はこうもいちいち愉しそうなのか。

「王に向かって不信の眼差しを隠しもしないその厚顔ぶり、凡夫である己が身を省みぬ不敬よな。だが──ただ葦のように吹く風に揺蕩う様よりは見応えがある。よいぞ、特に許そう」
「私はあなたのマスターではあっても臣下じゃないけど」
「ほう、我が譲ったにも関わらずなおも食い下がるとは。余程命が惜しくないと見える」

 ついぼそりと不満を漏らすと、耳聡い彼の語り口が急激に冷たくなって、部屋の温度まで下がったと錯覚してしまう。はっと見上げた蛇蝎のごとく光る赤の瞳はぎらりと私の咽喉もとを狙っているようだ。訂正訂正、口が滑った。なんて冗談を言い出せる空気じゃない。

「……私は本当のことを言っただけ。あなたにとっては何もかもが余興でも、私にとってはこれからの未来を左右する一大事なんだよ。こんな態度取り続けられたら信用できない」

 だけど、彼の言葉を唯々諾々と受け容れてもいられない。負けず嫌いではないけれど、ここで食い下がったら絶対後悔する。そう感じて私は彼から視線を外しつつもぶつくさと文句を垂れる。というか、私の言い分は傍目から見ても全然おかしくない筈だ。聖杯戦争に詳しくはないけれど、マスターとサーヴァントはもっとお互いを尊重し信頼し合うものじゃないか。たとえ互いの利益で結ばれたビジネスライクな関係であっても、知性体である以上そこには義理があり人情があるべきだと思う。だけど私は彼のことをよく知らないし、少なくとも今の彼から私に対しそういった情けは全く感じられない。何だか、私達は色々と間違えていやしないだろうか?

 くどくど悶々、ここ二週間で溜めた不満が一気に爆発しかけながら私は再び傍らの彼をきっと睨みつけるように見上げる。──だが、驚くべきことに彼は僅かに唇を開いてこちらを見つめたまま何も言い返してこない。……何だろう? この人、一を言えば百を返してくるようなお喋りだと思っていたのに。私が首を傾げると、彼はふっとまた唇を吊り上げる。だけど、その笑みは先程の悪鬼めいた嘲りではない。何というか、私を試すのではなくただ単に彼が笑いたいから笑ったような、そんな自然な表情のように思えた。

「ならばせいぜい見極めよ。我という武器が果たして信用に値するかを。とは言え斯様な状況では我のことを識る機会も殆どなかろうが──本来聖杯戦争とは限られた時間の中で如何に見事に駒を動かしてみせるか、その智略を競うものだからな」

 そう口にした後、ギルガメッシュは言いたいことは全て言ったとばかりに私から視線を外す。……今の、ちょっとは彼の中で私の立ち位置がランクアップしたと考えていいんだろうか? そう自問自答するより前に、ノックもしないで堅牢に閉まっていた扉が開け放たれた。

「やあ、皆さんお揃いで」

 数人のSPを先導として室内に入ってきたのは、ダークグレーのスーツに赤いネクタイを締めた金髪の少年だった。年ごろは自分より三、四歳程年下といったところだろうか。青年というにはまだ早いが、愛らしい少年というには端正すぎる目鼻立ちをしている。

「……やはり、そうだったのですね」

 傍から上がった声に振り向くと、ラニが徐に身体を起こしつつ眼鏡をかけ直している。「もう起きていいの」と慌てて背中に手を添えて介助する。少なくとももう意識ははっきり戻っているようだ。

「こんにちは、ラニ。案外驚いてくれないんですね」
「あなたの星はそういうものでしたから」

 ラニと彼の会話から何となく事を理解する。……これが私の指名手配の理由か。ぐっと震える拳を握りしめながら私は彼をしっかりと見据える。私の視線を受け止めて、彼もまたこちらへにこやかに顔を向けた。

「お久しぶりですね、岸波白野さん。と言っても『僕』はあなたを知りませんし、あなたも知らないのでしょうが──僕が西欧財閥次期党首、レオナルド=ビスタリオ=ハーウェイです」

 名乗りを上げ、恭しく手を胸に添えて挨拶する少年──レオに何と返したものか、暫く考えたもののさっぱり思いつかなかった。それくらい、彼の慇懃無礼な態度は恰好が決まり過ぎていて寸分の隙もない。生まれながらの王者というのは、正に彼のことを指すのだろう。この人が私が指名手配されていた理由だと思うと途方もない。西欧財閥への叛逆行為、西欧財閥次期党首の暗殺未遂──私はそんな全く身に覚えのない罪で西欧財閥から追われていたのだった。

「……私を逮捕するの」

 ぐっと拳を握り込んで睨みつけるように彼を見つめるも、「場合によっては」と微笑むレオに動じた様子は微塵もない。今の私は獅子の前に転がり出た小動物同然の存在だった。だけど、それに落ち込んでもいられない。深く息を吸い込んで、私は首を振る。

「でも、私はそんなことやってない」
「僕にも身に覚えはありませんよ? でも実際『僕』は一度殺されています。それが僕がここにいる証です」
「え……?」

 随分と迂遠な言い回しが引っ掛かってうまく切り返せずにいると、レオは気に掛けた素振りもなく言葉を継いだ。

「ですが今はそれより重要視すべき課題があります、岸波白野さん。あなたに罪があろうがなかろうが、あなたはこうしてラニと共に僕の前に現れた。それもサーヴァント──マナの枯渇したこの地球ではもう召喚される筈のない英霊、ギルガメッシュを引き連れて。これは今、世界各地を揺るがしている巨大不明生物の発生と都市の襲撃に関係のあることなのでしょう?」

 私というちっぽけな人間一人の進退よりも、地球人類の置かれた危機的状況を解決することの方が急務である。そうレオは言いたいらしい。彼は私だけでなくラニやギルガメッシュの方を興味深そうに眺めた後、SP達に目配せをする。SP達が頷いて所持していたらしい端末を翳すと、広間の白塗りの壁がモニターに早変わりする。そこに映っていた中で一際目をひいたのは北アフリカの地図と薄暗い洞窟の写真だ。地図は奇しくも私達が目指していたタッシリ=ナジェール付近を示している。そして、洞窟の壁には大地を走る多くの獣達を見下ろす大きな人影──巨人の姿がはっきりと描かれていた。

「西欧財閥のデータベースに僅かですが証跡が残されていました。この壁画が描かれた約一万四千年前にも、同様の事態が地球で起こっていた。突如としてこの世界に発生した白い巨人に、先史文明の殆どは破壊し尽くされたのだと。生物の巨大化と暴走はその巨人の持つ能力によるもの。そうではありませんか? 英雄王ギルガメッシュ」

 ギルガメッシュは自分自身の名前を口にしていない筈だが、レオも彼が英雄王その人であることを知っているらしい。「概ねその通りだ」とギルガメッシュは彼の投げかけた仮定に頷く。

「西欧財閥とやらにもそれなりの知はあるようだな。だが、セファールはこの地球上で発生したのではない。あれは外宇宙よりこの地の文明を刈り取る為に襲来した遊星の尖兵だ」
「なるほど、地球外生命体による侵略ですか。データベースに手がかりがないのも頷けます」

 ギルガメッシュの言葉ににこやかな態度を崩さないまま、レオはふむと口元に手を当てて暫し沈黙する。その後すぐにああ、と何か思いついたような素振りでこちらへ再び視線を向けた。

「西欧財閥次期当主として、僕はあなた方に協力者となるよう要請します。もちろんただでとは言いません。巨人を打ち倒すことができれば岸波さんの指名手配を取り消すという条件付きで、です」
「え──」

 彼の言い放った言葉に呆気に取られ、私は口をぽかんと開ける。思わず視線を遣った先のラニもまた僅かに驚いた面持ちでいる。ということは、さっきのは私の聞き間違いではないということだ。
 もちろん彼の提示した取り引きは願ってもないチャンスだ。どうあれ私達はこれからを生きるために巨人を倒すと決めた。加えて私にかけられた嫌疑も晴れるというなら一石二鳥である。
 だけど、レオの言葉はいきなり過ぎて即座に頷くことはできなかった。今まで西欧財閥の追っ手から逃れてきた身としては、正直信用しきれない。「目的は?」と問うと、「嘘をつくつもりはありませんよ」と彼は首を軽く傾けてにこりと眦を下げた。

「事態は一刻を争います。被害を最小限に抑え、一日でも早く平和を取り戻す為にはあなた方の力が必要です。もちろん無理矢理にでも従えさせるという手段を取れないこともありません。ですが今はそんな些事ではなくいずれ来る大災害へと戦力を割きたい。あなた方も無駄な消耗は避けたいでしょう?」

 レオの言い分は確かに道理が通っているように聞こえる。今こうして目的地手前で立ち止まっている時間も本来は惜しむべきものなのだ。彼等と無用な争いを避けることは大前提。その上共闘関係となれば、私達三人だけで動くよりもスムーズかも知れない。……どうしたものか。ラニに再び目配せしようとすると、「よかろう」とギルガメッシュがずいと前へ出た。

「ちょ、ちょっとギルガメッシュ」
「何だ。いずれにせよここで燻っているわけにはいくまい? 貴様も我のマスターならばたとえ薄くとも胸を張れ」

 その通りだが一言余計である。だが抗議する前にラニも「そうですね。私も王の言葉に賛同します」などと言い始めるので、結果的に私一人が取り残されることとなった。

「……まあ、ラニがいいならいいのかな」
「確かに懸念事項はありますが、彼の星と巡り合った以上通り過ぎることはできません。ここは手を組むのが得策かと」

 満足そうに頷いたレオはSP達を下がらせて、こちらへ近付き手袋を取って右手を差し出す。つられて殆ど無意識の内に手を伸ばすと、彼の冷たい掌がひんやりと私の指の熱を冷ました。

「……いつか、僕にもわかるでしょうか」
「え?」
「何でも。これからよろしくお願いしますね、白野さん」

 一瞬どこか遠くをまなざした後、レオは私に軽く会釈する。「……こちらこそ」と強張った声のまま私は呟く。その様子をギルガメッシュがニヤニヤ笑いで観察しているのを肌で感じ取りながら、癪ではあるけれど私は胸を張った。つくづく信用していいのか悪いのかよくわからない、味方らしくないサーヴァントである。それでもギルガメッシュにいつまでも侮られたままというのは気に食わない。魔術師としても人間としても未熟な私だけれど、彼の目にもの言わせてやれるような心意気だけは確かに持っておきたかった。

(あれ? 何でこんなこと考えてるんだろう、私)

 ……ふと、自分の思考回路の違和感に気がついて首を傾げる。諦めが悪いとラニに評価されたことはあっても、負けず嫌いと言われたことはなかった。なのに今の私にはギルガメッシュへの対抗心──というと何だか間違っている気がするけれど──とにかく、それに似た感情が胸に蟠っている。彼が飽きて路傍に投げ捨てるような結末を迎えたくない。そんな衝動が私を急かしている。これは一体どうしたことだろう。

「では急ぎ出立の準備をせよ」

 悶々としている内に、当人から響いた明朗な声にぎくりと肩を震わせる。「どこへ向かうというのです?」と問うレオに彼はモニターに映った地図を指し示した。

「白き巨人の眠る砂漠へ、だ」

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