SP達に先導されながら長い廊下を歩く。案外、歩いている分には体の痛みは気にならないので安心した。扉を開けてもらい、ラニより先だって中に入ると大きな卓の前でレオが座っている。傍にはギルガメッシュと──意識を失う前に垣間見た、あの褐色の膚の少女が立っていた。
「さて、漸く役者が揃いましたね」
相変わらずにこやかな笑みを浮かべているレオに促されて彼の向かい側の席に着くと、無言でギルガメッシュ達がこちら側に歩み寄って来る。……心なしか機嫌が悪そうだ。やっぱり昨日の戦いのことで怒っているのだろうか。落ち着かない心持ちのまま、集会は始まった。
「まずはあなた方が無事でよかった。ですがそれを喜んでばかりもいられません」
「……残ったコアの話?」
私の問いにレオは頷きリモコンのスイッチを押す。彼の背後にあったスライドに映し出されたのは、ドローンか何かで撮影された巨人の現在の写真のようだ。岩場にもたれかかるようにしてうつぶせとなっている。両手のどちらにもあの剣は握られていないが、手の風穴の中で浮いている立方体は依然として無事のままだ。
「英雄王の宝具で三つある内のメインコアと思われる腹部の立方体は破壊されました。戦いから十五時間が経過した今、巨人の動きは停止しています。ドローン等の物体が接近したことを感知した際には防衛機能として光の雨が降るのですが、こちらの土地を踏み荒らすような積極的な破壊活動は行いません。所謂小康状態、という奴ですね。
ですがあと二つ──あの両手の核がある限り、セファールは回復次第再び軍神の剣で世界に光の雨を降らせ、破壊の限りを尽くすでしょう」
レオの話を聞きながら、ラニは卓の上に載せた指を組む。その左手には、赤い三画の紋様が浮かんでいる。私のものと形は違うが、これはきっと令呪なのだろう。では、ラニも再びマスターになったということか。なら──私は自然とラニの隣へと立った褐色の少女へと視線を遣る。彼女がラニによって召喚された、新たなるサーヴァントということだろうか。今はサーヴァントの召喚が行えない状態だと以前聞いた気がするが、戦力が増えるのは単純に頼もしい。
「それで? 本気で我等に味方をすると申すか。よりにもよって遊星の尖兵である貴様が」
その次の瞬間、私の隣に立っていたギルガメッシュが腕組みしながら告げた言葉に私は度肝を抜かれることとなった。
「え!? そうなの!?」
広間に私の声が響いてちょっと恥ずかしくなる。……あれ、何で誰も驚いてないんだろう? ラニと少女サーヴァントは複雑な表情、レオは苦笑い、ギルガメッシュは「貴様の眼は節穴か」とでも言いたげな顔でこちらを見下ろしている。……へっぽこ魔術師で悪かったな。
だが、言われてみればどことなく似ている。少女もまたあのセファールと同じく花嫁のようなヴェールを被っているし、肌には簡略化された紋様が刻み込まれている。それに──あの砂漠で助けてもらったときに手にしていた剣は、巨人の軍神の剣と同じ意匠のものだった。
「一万四千年前、この大地を踏み荒らした破壊の巨神。それが貴様の紛れもない正体であろう。何故ラニの召喚に応じた。己の存在意義を否定することに繋がるのだぞ?」
「……お前の語る事実を、私は半分も知り得ない」
ギルガメッシュの手厳しい応酬に目を伏せた後、少女は存外に静かな声を発した。彼女の瞳は柘榴のように赤い。……巨人のあの恐ろしい瞳と同じ色。だけど不思議と畏れは感じない。それは単に彼女の今の姿が普通の人間らしく見えるからか、それとも──彼女がそうありたいと願っているからなのか。
「私は本体と切り離された状態で目覚め、そのまま人間として生きた。けれど……お前の言う通りだ。相対して確信した。あの巨人が私自身であることを、私は否定できない」
「では、あなたの真名はセファールと?」
レオもまた真剣な表情で彼女に問う。彼に振り向き、少女は徐に首を振る。
「違う。我が名は……アルテラ。誇り高きフンヌの裔だ。そんな、さみしい名前なんかじゃない」
そう口にした後、難しい顔をしてそっぽを向く少女──アルテラの様子は、ただ拗ねているようにも見えれば、本気で悲しんでいるようにも見える。彼女は己のセファールの側面を嫌っているのだろうか。ラニはラニで、アルテラのその言葉に何か気がついたように目を瞬かせる。
「フンヌの裔……ではあなたはあのアッティラ王だというのですか。それもただの人間ではない、遊星の尖兵であった巨人セファールと繋がる者として生まれた……」
「アッティラ。確かに長老たちは私をそう呼んだ。でも、その名は可愛くない。マスターであるお前には、アルテラと呼ばれたい」
アルテラはそう言って息を呑んでいるラニをじっと見つめる。……なるほど、一理ある。確かに可愛さで言えばアッティラよりもアルテラの方が断然上だ。しかし──彼女から出た意外な、破壊の化身らしくない言葉に驚きながら、私もまた二人を見守る。
「……マスター。お前はあの時『終わりたくない』と言ったな」
「アルテラ……」
「私もそうだ。私は……ここで終わりたくない。私は破壊の機械でしかない。私のこの手はまだ破壊しか、できない。だけどいつか……風となって草原を駆け抜けたい。花嫁のように着飾って、この手で……おいしいものだって作ってみたい」
そうして少しだけ眉を下げ、悲しそうな表情を見せるアルテラは、ただの人間の少女のようにしか見えない。……いや。そもそも彼女は人間だ。彼女が語った通り、巨人としての運命を知らぬまま生きて死んだというならば。
「アルテラ。あなたは、かつての私と似ています」
ラニはアルテラの所在なさげな手をそっと取る。その姿が、あの時私をコフィンから連れ出してくれた時の彼女と重なった。
「たとえあなたが巨人の分身として生を受けたのだとしても。こんな切実な祈りを以て私に手を貸してくれるあなたは、確かに人間です」
「マスター……」
「……私もまた、あなたと同じく本を正せばただの人形です。ですが、そんな私に心を与えてくれた人がいたのです。私がその人のようになれるかはわかりませんが──それでも私はあなたと共に戦いたい」
アルテラを見上げるラニの頼もしさに思わず感嘆の息を漏らしていると、横からはあ、とレオの軽いため息が聴こえた。私の嘆息とはどうもニュアンスが異なる。
「その言葉だけで果たして彼女を信頼してもよいものでしょうか」
「レオ。アルテラは嘘をついていません。私の演算は完璧です」
「もちろん彼女の気持ちは本物でしょうとも。ですが遊星の尖兵としてデザインされている以上、意志と反して僕達に立ちはだかる可能性もあり得ます」
「だが賭けるしかあるまい。既に結果は見えた。我だけで彼奴を倒すのは至難の業だぞ」
反駁するレオの言葉を遮るように、黙り込んでいたギルガメッシュが口を開く。……驚いた。彼のような人が自分の限界をこちらに提示することがあるだなんて。「あの宝具を以てしてもですか?」とレオが食い下がるも、彼は特に感慨もない様子で首を振った。
「我が乖離剣はあれ以上の出力も可能ではある。だが、この地上でそこまでの力を行使しては抑止力が黙ってはおらんだろう。となれば必定あの一撃で貫けるのはコア一つのみ。一刻も早く巨人を駆逐すべきだと宣うならば、こやつめを使わぬ手はなかろう」
「……そうですか。では、消去法ですね」
抑止力。ええと、ラニから以前聴いたことがあるようなないような言葉だけど。私一人だけ彼の言葉の真意を理解できないまま、レオ達は何か納得したように一つ頷いた。
「アルテラ。僕達西欧財閥はあなたを戦力として認めます。ただし、もしもあなたの力が制御不能に陥った時──この契約は即時破棄されるということを覚えておいてください」
「……わかった。それで構わない」
アルテラの返答を皮切りに、会合の空気がぴりついたものに変じる。……まだ戦いは終わっていない。けれどきっとこれで最後なのだろう。令呪の残った掌を握りしめてごくりと唾を呑み込むと、レオは卓の上に載せた手を組み直して号令を発した。
「──作戦会議を始めましょう。僕達の世界を、これ以上壊させはしません」
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