セファール討伐最終作戦の準備は、夜を徹して行われていた。
西欧財閥は現在近隣諸国の人々の避難誘導に当たっている。後から聴いたところによると、巨人による光の雨はレオ達が待っていた合流地点にも降り注いだようだった。幸いにもレオは無事だったが、降雨による被害の拡大は無視できない。
尖兵化した巨大生物の群れによる都市の襲撃も続いているようだったが、セファールの自閉状態と何か関係しているのか、こちらはまだ数日なら耐えられる状態だということだ。だが、それなら猶更安心していられない。一刻も早く巨人を倒して都市への被害を食い止めなければと身が引き締まる。
作戦は三時間後に決行だ。戦闘機の整備が行われているのを遠巻きに眺めつつ、仮眠から目が醒めて手持ち無沙汰な私は、建物から少し離れた砂の丘で夜風に当たっていた。アルテラはあの後ラニとうまく話せただろうか。彼女の在り方は私から見てもとても不器用だ。けれどその分とても真摯で、切実であるように思えた。セファールとしてではなく、アルテラとして先に出会えていたなら──きっと筋書きは変わっていたのだろう。
月の見えない星空を見上げる。計算が間違っていなければ今日はそろそろ新月だ。あの大きな月も綺麗だったけれど、こうして名もない星々の繋がりへ手を翳すのも好きだ。宇宙開発計画は西欧財閥によりもう何十年も止められたままだという。けれどあの星の向こうにもきっと、地球とは全く異なる未知の文明が存在する──そんな夢を見ることくらいは自由な筈だ。
「ギルガメッシュ、いるんでしょ」
空を見上げたまま呟くと、程なくして金の砂が舞って傍に彼が現れる。徐に空から彼の顔へと視線を移すが、未だに機嫌はよくなさそうだ。
「……ごめん。せっかくレガリア渡してくれたのに。ついやっちゃった」
とはいえ何も言わないのも気が引けたので、そう謝ってみるとギルガメッシュは「阿呆」と眉根を寄せてこちらを見下ろす。いや、見下してくる。
「レガリアを譲渡した今となってはマスターである貴様が消えれば我も巻き添えだ。そうなっては元も子もなかろうが」
「ほんとにね。今日は気を付けるから、許してほしい」
我ながら締まりのない顔のままそう口にすると、ふんと鼻を鳴らしてギルガメッシュはそっぽを向いてしまった。……困ったなあ。一度の失敗くらい大目に見てほしいのだけれど。この流れで訊ねても何も教えてくれなさそうだと思いつつも駄目元で、私は彼に再び切り出してみる。
「……ギル、聞きたいことがあるの。訊いてもいい?」
「何だ。代償は高くつくぞ」
代償……そう来たか。体育座りのまま自分の持ち物を頭の中で整理し始めるが、整理しなければならない程私は物を持っていないことにすぐ気がついた。最低限の着替えと魔術礼装、ネットワークアクセス用の端末くらいだろうか。そういった物を彼が欲しがるとは到底思えないのだが……まあいいか。ラニの命と引き換え、とかではないだろうから。
「ギルは、私のサーヴァントだったの?」
出来るだけ平坦なトーンで私は彼に訊ねる。……一番聞きたかったこと。知りたかったこと。彼ほどの超越者が、私のようなどこにでもいる人間を助けてくれる理由。私をちらりと見遣った後、ギルガメッシュは私と同じく星空を見上げて息をついた。
「見応えのある人間だった」
そう、なんでもないことのように彼は口にした。──けれど、その声には彼なりに万感の思いが込められていることが、何も知らない私にでさえ伝わってきた。
「我はウルクの王として生まれ、人間を裁定する者として己を定義しそのように生きた。しかし、この時代で最早我の仕事は意味を成さぬもの。再び見定めるべき人間はおるまいと思っていた我を起こしたのは、あやつのか細くも強い欲──生きたいという願いを持った声だった」
私を眼差さないまま空を見上げて滔々と語るギルガメッシュの横顔をただ見つめる。……星を見る瞳。そんな風に直感した途端、彼は徐に視線をずらし私を見下ろした。
「岸波白野。貴様はあやつ自身ではない。たとえ起源を同じくしようとも、生まれ育った背景が違えばその物語は最早別物。過去を持たず運命を持たぬ、白紙の魂の貴様ならば猶更だ。
だが──認めよう。我が見定めると決めたその魂の色は決して変わらぬ。貴様は無知であるが故に無垢なのではない。どんな汚泥に塗れようとも、人間の悪性に圧し潰されようとも、その足が萎えぬ限り立ち上がる。ただ生きたい、続きを知りたいというその一心だけで」
朗々と星を吟じる調子でギルガメッシュは言葉を語る。まるで、彼の赤い瞳の中にあの空の星々の光を集めているかのように。口元を緩め、目を細めた彼の表情は酷く優しく私の目に映る。……ああ、何てことだ。胸がきゅっと締まって苦しくて、嬉しくて堪らない。
「私は……私に、そんな価値があるのかな。私」
思ったことをそのまま呟くと、急に涙が込み上げそうになって自分でも驚いた。慌ててすんと鼻を啜り、目を擦って散らばった思考を拾い集める。
私は本当に、ギルガメッシュに微笑まれる資格があるのだろうか。だって私は彼について何も知らない。彼がそこまでの覚悟を以て私を信じてくれる意味を完全には理解し得ない。なのにギルガメッシュは私の全てを知っていて、私を認めてくれている。そんなの釣り合いが取れていないのではないか。
「たわけ。我を貴様の尺度で測るなともう何度も言っていよう」
私の心を見透かしたように、ギルガメッシュはため息をつく。……はて。そんなこと、彼から前に言われたことがあっただろうか? 確かに彼の言う通りではあるのだが。不思議に思いながらも彼を再び見上げる。ギルガメッシュは暫く口をへの字に曲げていたが、不意ににやりと口角を吊り上げた。
「我等の道はたとえ天と地がひっくり返ったとしても永遠に交わらぬ。貴様は貴様自身を知らぬし、我を理解することもできぬだろう。だが、我等に相互理解など初めから必要ないのだ。貴様は脇目も振らず、ただ己の信じる道を往け。我は貴様のその生き様を裁定するのみ。その為に、我はこの地へと戻ってきたのだから」
──そんな、軽口でも叩くような調子で。ギルガメッシュは高らかに笑い、踵を返した。
黄金の粒子が舞い、彼の姿が夜闇に溶けていく。その様子を私は何も言えないままじっと見つめていた。
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