その後程なくして、私達は西欧財閥の臨時拠点への帰路へついた。
レオからの通信がすぐに入り、私達──主にラニが状況を報告する。彼等が対処に当たっていた巨大生物の群れは巨人の消滅と共に自壊しているそうだ。世界各地からも次々と同様の報告が入っているという。……本当にセファールは消滅した。ヴェルバーの脅威は去ったのだ。
通信を終えた後、長かった夜が明けていくことに漸く気がついた。ミッドナイトブルーの空の際に紅が差している。
「綺麗だね」
「ええ、本当に」
そんな何でもない会話をラニと久々に交わせることが、何より嬉しい。その愛しさを噛み締める朝が再びやってきたことに私はただ安堵していた。
レオと合流する頃には、もう朝日が半分昇りかけていた。一面に続く砂漠が金色に光っているように見える。その中で軽く手を振っているレオは、出発前と変わらず優雅な物腰だ。
スーパーホーネットが着陸し、速やかにコックピットから出ると、両翼からギルガメッシュとアルテラも地上へと降り立った。ギルガメッシュは私達の方をちらりと見遣った後すぐに顔を背け、太陽が昇り始めている地平線へと視線を移してしまった。夜明けの砂漠のそのまた向こうまで、彼の千里眼は見通しているのだろうか。代わりに反対の翼から降りた筈のアルテラへと振り向くと──思わず息を呑む。彼女からこぼれた光の粒子が朝日に反射している。アルテラの身体は、既に崩れかけていた。
「アルテラ……」
「すまない。やはりこの霊基では無理があったらしい」
そう言って不器用に笑うアルテラへラニが駆け寄る。彼女は言葉に迷った様子でラニを一頻り見つめた後、何か観念したように口を開いた。
「……改めて、私を信じてくれてありがとう。少しは……私も前へ進めただろうか」
アルテラの手を再び取ってラニはしっかりと頷く。「もちろんです」と口にする彼女の横顔の輪郭もまた、日の光に照らされて眩しく感じられた。
「あなたは自分には破壊しかできないと言いましたね。ですが……あなたの手より出でる三色の光を、私は美しいと感じました。たとえそれがあの恐ろしい巨人のものと同じだとしても。あなたの操る光は、未来を夢見る祈りが籠もったものだった」
ラニの噛み締めるような言葉一つ一つに、アルテラは感じ入った様子で頷いた。……その姿は、まだ何も知らない少女のようにあどけない。
「マスター。もっとお前と、この世界を歩いてみたかったな……」
そう呟いたアルテラの身体もまた、花びらが舞うように消えていった。──元はセファールの分身でありながら、私達に力を貸し全てを使い果たしてくれた少女。その欠片へと手を伸ばした後、空を切った掌をラニは空へと翳す。
「アルテラ。あなたに星の祝福を。いつか別の運命で、あなたの望みが叶いますように」
言葉通り星を見上げるようにして微笑んだラニを黙って見つめる。その内に、レオがすぐ隣まで来ていたことに気がついた。
「レオにも訊きたいことがあったんだった」
アルテラの残り香になずんでいるラニを邪魔しないようにぽつりと呟くと、私より少し背丈のあるレオは「はい?」とこちらへ身を屈めるようにして首を傾げる。その様子は意外にもフランクで、少し驚きつつも私は昨日から思っていたことを訊ねてみた。
「あなたも私と同じなんじゃないかなって」
そう言ってちらりと彼を見上げると、レオはおや、と眉を上げた後おかしそうに笑った。「間違ってた?」と重ねて問うと、「いいえ。正解です」と彼は首を振った。
「お察しの通り、僕はレオナルド=ビスタリオ=ハーウェイのクローン。『彼』のバックアップでした」
──そのまま彼は自分の出自について、簡単に私に語ってくれた。
月の聖杯はあくまで本人が月に昇らなければ、使用権が得られない。故に月へと昇りあの聖杯戦争へ参加したのは正真正銘西欧財閥次期当主であるレオナルド=ビスタリオ=ハーウェイ本人だった。結果、彼は七回戦で敗退し電脳死してしまう。だがそういった万一の事態に備え、彼と全ての記憶を同期するバックアップが事前に用意されており、その記憶を引き継ぎ目覚めたのが今の彼──レオナルド=ビスタリオ=ハーウェイのクローンなのだという。
「ですから知っていますよ。ラニのことも、ギルガメッシュのことも、そしてあなたのことも。しかし──記憶を引き継いだところで、その経験に伴う感慨が今の僕にはない」
言葉通り、感傷を思わせない淡々とした口調でレオは私を見つめる。重苦しさを感じさせない様子ながら、その瞳は真剣そのものだ。
「知りたかったんです。月の僕があなたという存在に何を見たのか。あなたを指名手配した理由の半分は、実際のあなたに会ってみたいという気持ちです」
「そ、そうだったんだ……」
最後は初めて出会った時と同じくにこやかな笑顔で締めるレオに、スケールの違いを感じて思わずため息をついた。……なるほど、月の岸波白野はこんな青年を最終決戦で負かしたというのか。ますますもう一人の自分の辿った道が稀有であることを実感する。
「──それで。あなたの答えは、見つかりましたか?」
いつの間にかこちらへと戻ってきていたラニに問われて、レオは薄く微笑む。暫く目を伏せた後、彼は再び口を開く。
「それは秘密です」
「……言わないんだ?」
「ええ。ここで種明かしをしてしまうのは、ちょっと悔しいですから」
なるほど、とラニはそれ以上問い質さなかった。……私は、もうちょっと食い下がりたかったけれど。でも、ここで全てを根掘り葉掘り訊くのはそれこそ野暮というものなのかも知れない。彼には彼の道があり、私達には私達の道がある。今回はたまたま、奇妙な縁によってその道が交わっただけの話だ。
レオの横顔を見ながら、私もまた私の知らない自分自身について思いを馳せる。本を正せば人間ですらなかった彼女は、それでも必死に生きたいと願い、自分の信じる道を走ったのだろう。そして、それをよいものだと認めてくれた人がいた。ラニは何も知らなかった私を世界から守ってくれたし、ギルガメッシュだって──私の召喚に応じてくれた。
なら私も、彼等の信じてくれた『私』でいたい。あたたかいものを信じ守る、『岸波白野』でありたい。
そうだ、ギルガメッシュにお礼を言わないと。思い立って彼のいた方へ振り返ると、彼は彼で踵を返したところだった。間もなく彼の周りに黄金の砂が舞い始める。
「行っちゃうの」
私の声に振り向かないままギルガメッシュは応える。
「巨人は倒れ、ヴェルバーの脅威は消え去った。であれば我がここに留まる理由はない」
それはまあ、その通りなのだが。私は未だ薬指に嵌めたままの指環を撫でるけれど、何も言葉が見つからない。「えーと」「あー」「うー」などとぼろぼろ声を落としている内に、痺れを切らしたように「何だ」と彼がこちらへ振り向いた。
ギルガメッシュ。黄金の鬣に黄金の鎧、その中へ赤い宝石のような瞳を嵌め込んだ、人間という種を超越している王様。そんな彼に言いたいことはきっともっと色々あるのだけれど、今はこれしか思いつかない。
「……ありがとう。今の『私』を信じてくれて」
それだけで、多分彼には伝わった。ふっと鼻から軽く息を漏らした後、彼は一頻りはははは、と笑い声を上げて不敵な笑みを浮かべた。
「貴様の命の輝き、しかと見届けた」
反射的に彼の方へ駆け寄ろうとして足が止まる。……おかしいな。嬉しいのに、思った以上に嬉しすぎて足が動かない。そんな私の無様な様子にまた笑った後、ギルガメッシュは高らかに声を上げた。
「さらばだマスター。此度の戦い、実に見事であった。その魂の色を忘れるなよ。たとえ老いさらばえ朽ち果てる時が来ようとも──貴様が岸波白野である限り、我は貴様の生を裁定しよう!」
朝日の中に溶けていくギルガメッシュに一陣の風がごうと吹きすさんで、思わず目を瞑った。そのまま彼が纏った黄金の砂は、砂漠の中に紛れて消えていく。後はただ彼の残した余韻が、私の胸の内をひどく熱く満たしていた。
これからも私達の物語は続いていく。
いつか終わりは来るけれど──それまで、歩いていくだけだ。
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