そうして作戦決行時間はやってきた。時間の上では今は早朝だが、まだ夜闇の静けさは続いたままだ。館付近の滑走路へ向かうと、既に整備の終わった戦闘機とレオ達が待っていた。
今回、私達はこの戦闘機を足として巨人を打倒しようと計画していた。ギルガメッシュのヴィマーナは巨人の光の雨によって破損しており、勿論現代の技術では修理不可能な為使用できない。彼曰く他にも似たような空飛ぶ乗り物を持っているらしいが、そもそも彼には飛行機の操縦以上に大事な、あの乖離剣を巨人に全力で叩き込んでもらうという役目がある。よって、最終的に西欧財閥が所持している複座式戦闘機、スーパーホーネットを使用する案が採用された。
ラニが操縦し、私がレガリアで戦闘機自体の機能を向上させる。ギルガメッシュとアルテラは戦闘機の両翼に乗り、アルテラの宝具で光の雨を相殺しながら巨人へ近づく。そしてギルガメッシュの乖離剣とアルテラの軍神の剣を用い、同時に両手のコアを撃ち抜く──というのが作戦のおおまかな概要だ。レオが率いる西欧財閥の軍は、私達と巨人が交戦することによって周囲で活発化するであろう獣の群れの掃討に当たる算段である。
「白野さんもラニも、どうかご無事で」
整備士の人々に案内されながら戦闘機に搭乗しようとすると、そうしてレオはこちらへ恭しく手を振った。彼の身のこなしは相変わらず優雅で、これから軍の指揮を執り戦場に赴く人のようには見えない。「レオもね」と私は彼に敬礼したが、「敬礼は右手ですよ」とラニに突っ込まれてしまった。私も私で結局締まりがないのかも知れない。
エンジン音と共に、スーパーホーネットは発進する。初めはゆっくりと、次第に加速して──鳩尾の辺りが浮く感覚と共に離陸。戦闘機なんて初めて操縦する筈なのに、後方座席から見るラニの後ろ姿は手練れのパイロットにしか見えない。後ろを振り向いて両翼のサーヴァント達へ視線を遣ると、彼等は彼等で地上にいる時と同じような表情だ。……凡夫は大人しくしておこう。
「アルテラよ」
暫く静かな空の旅が続いた後、巨人の身体がぼんやりと白く発光する様子が私の目にも見えてきた。もうあと五分かそこらで巨人の剣の射程範囲内に入るというところで、唐突にギルガメッシュが口を開いた。レガリアの機能により、窓の外もある程度の範囲までは音が拾えるようになっている。「何だ」とアルテラが応じるのを、私は耳を聳てて聴いた。
「貴様の真の力はいざという時まで取っておけ。本体との同調率が高くなればなる程貴様の霊基には瑕がつくのだろう?」
「……わかっている。だが、自分を守る為にマスターと白野が傷ついては意味がない」
「たわけ。貴様一人で全てを賄えると思い上がるな。我が何の為にここにいると思う」
ギルガメッシュの言葉にアルテラが小さく息を呑む。そして、私も彼女と一緒に驚いていた。……ギルガメッシュ、案外いい人? まかり間違ってもそんな感想を漏らしたら彼からものすごい口撃が飛んでくることはわかるので、何も言わないけれど。
だが彼は彼で、本当に本気を出してくれるつもりだ。なら、私もそれに応えなきゃいけない。この作戦で全てを終わらせる。
「白野さん、そろそろ射程圏内です」
ラニのアナウンスに「わかった」と頷き指環を掲げると、戦闘機の装甲にレガリアによる隔壁が張られる。それから一分も経たない内に──窓の向こうに閃光が走った。
「アルテラ! 令呪を以て命じます。私達を護ってください!」
「ああ、マスター!」
アルテラの声が響き終わらない内に光の雨が文字通り矢継ぎ早に上空より降って来る。だが、それはスーパーホーネットの横を通り過ぎるばかりでこちらには直撃しない。──上空を硝子越しに見上げると、そこにはオーロラでできた大きな傘のような被膜が造られていた。アルテラの鞭のようにしなる剣さばきとラニの令呪のバックアップによって、巨人の降らせた光が相殺されているのだ。
しかし、メリットばかりというわけでもない。令呪のバックアップの効力はもって数分。しかも巨人とアルテラの光両方による高濃度の魔力の突合により、一時的に空間が歪んでいる。……正直、魔術礼装を身に纏っていても厳しいものがある。ラニは何とか耐えて操縦を続けてくれているけれど、彼女だって苦しい筈だ。
「ここでくたばってはおれんぞマスター!」
だが、ギルガメッシュの声にはっと瞬きする。ギルガメッシュがいる片翼へ再び振り向くと、彼は彼で屈折した光がアルテラの作った傘をすり抜けないよう砲門のように蔵を開いているのが見えた。……ああ、わかっている。彼に恰好悪いところは見せたくない。彼に見放されるのが嫌なんじゃない。ただの意地であることに変わりはないけれど、彼が笑い飛ばす程でもない、無様な自分になりたくなかった。
「……もちろん!」
アルテラの傘があるとはいえ、この戦闘機が宝具ではない現代の人工物である以上、万が一光の雨が直撃すればひとたまりもない。それに、彼女が宝具を使用するときは傘を収めざるをえない。だから、レガリアの防壁を緩めるわけにはいかないのだ。意識を失わないよう歯を食いしばって指環に意識を集中させる。その内ラニが機体を旋回させた。──巨人の目の前へと回り込む。それと共に、ギルガメッシュが乖離剣を蔵から取り出す音が聴こえた。
「未だ微睡みの中にある白き巨人よ。貴様の運命はここにはない。ただの破壊の化身として──人間の願いによって崩れ去るのだ」
〈 A────── 〉
──だが。彼の乖離剣に反応したのか、光の雨足が更に強くなった。
「小癪な、エアに怖じ気づいたか!」
「魔力反応増大! そんな、これではアルテラが宝具を使えません!」
「くっ……!」
ラニの焦る声の陰で、アルテラが小さく呻いたのが耳に入る。そろそろラニの令呪の効力も切れる。もう一度彼女に令呪を使ってもらう手もあるが、結局アルテラが傘を展開している内は宝具が使えないのだから根本的な解決にならない。……どうする、どうすればいい? だが、私が頭を回転させている内にそれは視界全てを包んでいた。
「──マルスと接続する」
上空を見上げると、アルテラが持っていた剣の柄を空へと掲げていた。
オーロラの傘がなくなった代わりに、赤い一筋の光が──大気圏を超えて宇宙の先まで届いているのを幻視する。幾重にも魔法陣が展開され、いつのまにか巨人の降らせていた光は止んでいた。だがそれに気がつく間もなく、光の雨は再び、私達へではなく大地に横たわった巨人目掛けて降り注いだ。
「アルテラ!」
「すまない、マスター……だが……っつ、こうしなければ……!」
これがセファールとの同調率を上昇させるということか。……アルテラは本体と近づけば近づく程あの巨人の権能を自分のものとして使うことができるのだろう。だがそれが諸刃の剣であることは彼女の今の苦し気な声からも伝わってくる。この手は仕えてもあと一度だけ。……なら、光の雨が止んだ今しかない。
「よくぞ耐えた。次は我の出る幕であろう」
するとギルガメッシュは満足そうにアルテラへ視線を遣ったあと、肩の上に一際大きな黄金の門を顕現させた。
「天の鎖よ、我にその力を示せ!」
そうして、彼の開いた門から巨人へと鎖が放たれた。
〈 A────── 〉
瞬く間にその鎖は巨人の腕へ絡みつき、両腕を執拗に縛り上げる。巨人は悲痛な叫び声を上げたが、その尋常ではない声とは裏腹にその体は殆ど動くことができないようだった。
「貴様が白き巨神であるというならば、この宝具から逃れることはできぬ。──マスター!」
ギルガメッシュが使ったのは神性特攻を持つ宝具のようだった。計算通り、という顔で彼は私を呼ぶ。振り向いた先で私を見据えていたのは、彼の燃えるようにぎらついた赤い瞳だ。私は頷いて左手に念を籠める。
「ラニ! 私にも頼む!」
アルテラが胸を押さえながら後方より叫ぶのに対し、「ええ!」とハンドルを構えながらラニは叫ぶ。
「アルテラ、令呪二画を以て命じます!」
「ギルガメッシュ、令呪残りの全部を以て命ずる!」
その声を皮切りに、私達の両手から発火するような赤い光が漏れた。
「「セファールを倒して!!」」
その瞬間。嵐を纏った光の柱が背後の両翼より巻き起こる。ギルガメッシュとアルテラ双方の力が合わさり、やがて巨人にも勝るとも劣らぬ大きさの渦を成した。──それは新たなる神話の始まりを示す黎明の光であり、未明の暗闇を切り裂き晴らす、未来への祈りのかたちだった。
「天地乖離す開闢の星────!」
「涙の星、軍神の剣────!」
かつてない程の爆風に煽られ、レガリアのバックアップを以てしてなお機体の制御が効かなくなりかけるのをラニが何とか進路を変えて防ぐ。セファールは──ギルガメッシュとアルテラの放った光の嵐に吹き飛ばされていた。元々大地を這うようにして横たわっていた身体が跳ねて山脈を潰すように転がる。その両手の中にあった筈のコアは、跡形もなく消え去っていた。
〈 A──────────………… 〉
一際長い悲鳴を上げた後数分間痙攣し、ばたりと腕を岩場に投げ出す。そのまま巨人はぴくりとも動かなくなった。
「やった……の……?」
無意識の内にそう呟いた途端、ぴしりと陶器が割れるような音を立てて、セファールの身体が呆気なく瓦解していく。そのまま巨人だったものの白い欠片は岩場の上に降り注ぎ、嵐の中へと舞いながら消えていった。……まるで粉雪か、白い花びらのように。跡形もなく。私達と、何の意思も言葉も交わさぬまま。
「セファール、消失を確認しました」
ギルガメッシュの力を抜いた息が聴こえる。その横で、アルテラが息を呑んでいるのがわかる。そんなとき、ラニの静かな声が機体内に響く。──私は。操縦席から振り向き、微笑みを浮かべる彼女に向かって、少し泣いた。
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