六等星の夜

第68回有馬記念ってあまりに美しい物語だなとしみじみしていたら、クリスマスどころか正月も終わっていた。あけましておめでとうございます。年明け早々地震や事故やらよくないニュース続きですが、とりあえずわたしはほとんど影響受けず元気。と書いたけれど、元気って何だろう。健康って何だろう。向精神薬と睡眠薬を飲まなくてよくなったら? だったらわたしはもうずっと元気じゃないし不健康だから、こういう時に何て言えばいいのだろう。

よくわからないからぼんやりと、父の運転する車窓から空を見上げている。地元の夜空はそこそこ綺麗だと思う。特に家の周辺は田んぼしかないので、東京や今住んでいる関東郊外とは比べ物にならないほど星が見える。もっと綺麗に星が見える場所は日本にもたくさんあると思うけれど、わたしにとっては自分の家から見える星が美しいことに意味がある。だから何度見上げてもこの空に胸を打たれる。また見上げることができてよかった、と思える。

そんな帰省の時間も今日で終わり、明日朝に福岡へ発つ。なお去年5月に行ったばかりなので、久しぶりと言う感じは全然しない。その時の旅の目当ては刀ミュ(直前でコロナの影響により公演は全て中止、目的は果たせなかった)、今回の目当ては刀のへし切長谷部。コロナの前はこの展示を見るため、一年に一度必ずこの時期に福岡へ一人旅をしていた。ということはわたしってもう4年も観てないのか、長谷部くんの実物を……。

日本号は常設展示なので5月に観ることができたけれど、へし切長谷部はいつも正月のあとの1ヶ月しか展示されない。だからわたしの福岡の風景はいつも冷たい色をしている。天気も自分が行くときに限って曇りとか雨が多いので、あまり鮮やかなイメージはない。でもその冷たさが好きなのは長谷部くんのおかげだ。一番空気が澄んでいて星がよく見えるのは冬だから、ここには冬に来るのが最もふさわしい。

今はまだだけど、展示の最終日あたりには梅も咲き始める。冷たい風景の中に梅の華やかな色が混じるのを見ると、春が待ち遠しくて胸がぎゅっと締まる。冬はそういう、目の前にないものについて思いを馳せることができる季節だと思う。次の本でも冬の福岡の話を書くので、当時へし切長谷部を観て感じたことや、今だからこそ感じることを詰め込めたらいいな。明日は早いのでそろそろ爪塗って寝ます。

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下を向いて歩く

Apple Musicのスクショ画像。2023年最もよく再生したアーティストランキング。ダントツ1位がamazarashi、2位がAimer
Apple Musicのスクショ画像。2023年最もよく再生したアーティストランキング。ダントツ1位がamazarashi、2位がAimer

Apple Musicによるとわたしが今年最も再生したアーティストはamazarashiらしい。それは何となくわかっていたけども、再生回数を見て更に驚いた。2位のAimerの1.5倍聴いているらしい。そんなに!?

まあでも朝が嫌いな人間が無理やり5時台に起きて朝日を睨みながら出勤している時に聞ける音楽なんて限られている。朝の電車ではほぼほぼ寝ているとはいえ、背景に流すのはamazarashiみたいな世を拗ねた歌詞じゃないと我慢できない。

こんなにamazarashiの音楽を聴いているにも関わらずわたしはamazarashiのことをよく知らない。秋田ひろむという人間が歌詞を書いて歌っていること、秋田ひろむは多分帽子が好きなこと、寒冷地の地方出身であること、異性の恋人がいることしか知らない。後半二つは歌詞の内容から類推したことなので全然そんなことないかもしれない。が、それが当たっているかはずれているか調べようともあんまり思わないし、詳しい人から教えられてもそうなんだ。という相槌を打つ以上のことはできない。あんまり興味がないから……。

音楽に限らず、創作者の個人情報って殆どは余談だと思ってるから、積極的に見に行きたいかと言われるといや別に……ってなる。もちろん何かしらきっかけがあって(雑誌のインタビューで喋ってることが目について〜とか)創作者個人に興味が向くことはあるけど。わたしがわたしの小説を読んでるだけの人なら、このサイトを訪問するときはnovelのページだけ更新がないか見に行ってると思う。radioとかmemoに飛んでる人ってほぼほぼツイッターのフォロワーでしょ。そうでなくても小説の付加価値を求めてここを見に来てるわけじゃないでしょ、って思う。もしそういうのを求めてる人がいたら……すまん。ここに価値のある情報は何もありません。そういうこぼれ話的なやつは同人誌の付録に副読本としてつけるから無理してここを見なくてもよろしい。

話が逸れまくっちゃった。とにかくわたしはそういうスタンスでamazarashiの音楽を楽しんでいる。音楽だけで満足しているので本人のことを知りたいと思う余地がない。周りにamazarashiのファンもいないのでただただ自己満足に彼?彼ら?の音へ耳を傾けている。

わたしには音の善し悪しを理解するセンスが壊滅的にないので(関ジャムとか何回か見たことあるけど、音楽の専門家の出演者達が何を語っているのか一切理解できなかった。漠然と自分に音楽の才能がないことだけわかった)、音楽を聴くときは音の重なりではなく歌詞やそれを発音している声を重視している。amazarashiの音楽はその二つがわたしにとって心地よい……というか聴いていてピースがうまく嵌まる感覚があるんだよな。秋田ひろむの独特な、ぼやきにも叫びにも聞こえる声に発音されるからこそ、念の籠められている歌詞がふと明瞭に「聴こえる」。そこで歌われている言葉がただの音ではないと脳が理解する。だから、最初はぼんやり聴いているんだけどある日はっと「この曲めちゃくちゃいいじゃん」と気がつく瞬間がやってくる。その一瞬がめちゃくちゃ快感なんだな。

こういう体験をさせてくれる音楽は少ない。名前の通り耳が遠いため……というより注意力散漫だからかな。音は聞こえてはいるんだけど、歌詞の意味が脳に入ってこないことが多い(なので基本興味のあるアーティストの歌は別途歌詞を眺めながら聴くことにしている)。歌ってる言葉の意味がわかって、それが今の自分の心境にフィットするものだと本当心地いい。随所で韻を踏みながらこの情報量の歌詞を破綻なく作品に昇華できるの、創作者の端くれとしては羨ましい限りだ。詩ってほんと難しいよ。アイドルの話書いた時に架空の歌詞も書いたけど、絶対こんなんじゃダメだ……と何回も思ったし指南書とか買えばよかったって今更ながら思う。次に歌詞を書くことがあったらそうしよう。

帰宅の電車で書いてたらめちゃくちゃ長くなっちゃった。とりあえず今一番聴いてる最新のamazarashiのアルバムを共有しておこうかな。

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